多芸花人(芸花の人多し)(「桐橋倚棹録」)

人間があまりいないところなら、いいところかも知れません。

呪ってると穴が二つあいてたりするので、呪わずに避けるといいとおもう。でも避けられないなら呪うしかないか。

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清のころの蘇州、虎丘に近い一天門を通り斟酌橋を渡って東側に、花園巷という通りがあった。

巷口即花場、毎晨鬻花処也。凡山塘市肆、工作、多散居于諸巷之内。

木犀径、在花園巷内。

其地多芸花人所居、遍地種桂、高下林立。

「桂」は「モクセイ」。「芸」は、本来、「くさぎる」「栽培する」で「うん」と読む字です。当用漢字を定めるときに、「藝」(げい)の字が書くのめんどくさいやん、というので「芸」を宛ててしまったので、今ではみんな「げい」と呼んで「藝能」や「園藝」の意味に使ってしまっています。固有名詞の「安藝」国も「安芸」になってしまっているのでわたしども古くより俗世と仙界を行き来している者は驚いてしまうことがままありますじゃ。
まあ、でも「相も変わらず何事も変わっていく」のが俗世の習い、惜しむこともありますまい。

花時、人至其閒、香沁肺腑、如行天香深処。

乾嘉間、莫家浜一帯桂花尤盛、游者往往自一天門渡至其処、徘徊不去。

モクセイの香りは天の香りだったんですね。吸い込んでいると頭脳明晰になるかも知れません。しかしやり抜く力は生まれません。企業(上司)にうまく使われてもアレだしな。くっくっく。

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清・顧禄「桐橋倚棹録」巻七より。こんなところに行ってみたくなりますが、その後、太平天国や辛亥革命や日中戦争でどうなったでしょうか。
筆者はこちらで年中行事書いてたひとですが、この蘇州の町案内も書いています。

今日は寒露節、いよいよ秋深まって、間もなく木犀の季節になってまいります。

咳しても一人です。困った人がいるよりも孤独の方がよきかも。

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