魏祚不長(魏の祚長からず)(「世説新語」)
普通は大丈夫ですよ。

でもあんまりくにたみ舐めてるといかんかも。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
東晋の太元三年、宮中の太極殿が完成した。このとき、謝安が宰相を勤めており、王献之がその長史(事務長)であった。王献之は王羲之の息子でおやじとともに「二王」といわれる書の名人です。
謝、送版、使王題之。
謝、版を送り、王にこれに題せしむ。
謝安は大きな板を王家に送って、王献之に太極殿に掲げる題額を書かせようとした。
たいへん名誉なことであろうと思うのだが、
王有不平色、語信云、可擲箸門外。
王に不平の色あり、信に語りて云う、「門外に擲箸すべし」と。
「箸」は「着」の代わりなので、「はし」と読んではいけません。「ちゃく」です。前の「擲つ」に補助動詞のように引っ付いて、そのことを終える意味を添えます。「~してしまう」の「しまう」に該当するでしょうか。
王献之は、納得いかない顔をして、使者に対して言った、「門の外に放り出してそのままにしておけ」と。
謝、後見王、曰、題之上殿何若。昔、魏朝韋誕諸人、亦自為也。
謝、後に王に見(まみ)え、曰く、「これに題して殿に上せば何若(いかん)ぞ。昔、魏朝の韋誕諸人もまた自ら為せり」と。
謝安は、しばらくして王に面会することがあったので、言った。
「あの板に字を書いて御殿の正面に掲げれば、どれほどの名誉であろうか。かつて、魏の時代に、名書家の韋誕といった人たちも(「凌霄閣」(霄(そら)をも凌ぐ高い建物))に題額を書いたではないか。
※この韋誕の題字のエピソードも勉強になるので、今度お話しましょう。
王曰、魏祚所以不長。
王曰く、魏の祚(そ)の長からざる所以なり。
王献之は言った、
「それこそ、魏の国家の命運が長くなかった(220~265の間)理由でございましょう」
と。
「あ、そうか。わかった」
謝、以為名言。
謝、以て名言と為せり。
謝安はそのコトバをすばらしいコトバだと思った。
それ以上、もう書けとは言わなかったそうである。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
南朝宋・劉義慶「世説新語」方正第五より。「方正」すなわち「マジメにやる」なので、単なるおふざけでごねているのではありません。あんまりすばらしい題額があると、それが運気を集めてしまうらしいのです。人の心が文字の方に行ってしまって、王朝への忠義の心が緩んでしまうのでしょう。
すごい看板があると運気を奪われてしまうかも知れません。〇林〇産省に「大臣お支え隊」ができたそうです。お支えせんとする忠勇義烈のその意気や良し(笑)。やはり看板は大臣が書くのかな。
コメントをどうぞ