小者相随(小者相随う)(「宋書」)
小さいものがひっついていたそうです。これは一体なにものだ?

太宰治「人間失格」より江戸川乱歩「人間椅子」の方が感激しました。そういう人多いのでは。
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晋・懐帝の永嘉元年(307)、九月辛亥の日、と日付けまではっきりしているのですが、
有大星自西南流于東北。
大星、西南より東北に流れる有り。
巨大な星が、西南から東北方面に流れた。
それだけなら「ああそうですか」で済むかも知れませんが、
小者如升相随、天尽赤、声如雷。
小者、升りて相随うが如く、天ことごとく赤く、声雷の如し。
小さい星がこれに従って昇り、空は一面に赤くなって、雷のような音が聞こえた。
「これは一体何であるか!」
とえらい人が言うので、
「あわわ」
天文官が飛んできて、
流星為貴使。
流星、貴使たり。
「な、流れる星は身分の高い使者を表わし、(これが西南から東北に行くのでございますから)そ、そちらの方の問題でございます!」
と報告した。
この年は、東海王・司馬越が八王の乱を終結させ、懐帝との間の対立を深めていたところです。一方、華北の地は八王が引きこんだ諸民族の傭兵団によって略奪と戦乱が続いておりました。
河北に拠って東燕王・司馬騰を殺した汲桑の乱が十一月に平定され、これに力のあった田甄やその弟・田蘭ら(ともに懐帝派)が河北一帯を領有、これに対し、
司馬越忿魏郡以東、平原以南、皆党於桑、悉以賞甄等、於是侵略赤地。
司馬越、魏郡以東、平原以南、みな桑に党し、悉く甄等に賞せられるを以て忿(いか)り、ここにおいて赤地に侵略せり。
司馬越は、黄河流域の魏郡より東、山西の平原より南がすべて汲桑に与していたため、それらの地がそれを鎮圧した田甄らに賞として与えられたことに激怒し、とうとうあからさまに侵略を開始した。
すでに実質的に華北の支配を失っていた西晋王朝を形式的にも滅亡(313)させてしまう「永嘉の乱」の始まりです。
先の巨大な星とはどうやら「貴使」東海王・司馬越であった。
有声如雷、怒之象也。小星相随、小将別帥之象也。
声の雷の如き有りしは、怒りの象なり。小星相随えるは、小将別帥の象なり。
雷のような音がしたのは、(司馬越の)憤怒のすがたを表していたのだ。小さい星がひっついていたのは、部隊長や別動隊長のすがただったのだ。
だったそうなんです。
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「宋書」天文志二より。これも確実にUFOの母船と着地用の小型船がどこかに出発した様子であったろうと思われます。このころはよく出ていたようです。最近はこんなにあからさまには出て来ません。
我が国政府が三日から七日の備蓄を勧めているようです。その日の食事に困っている世帯もたくさんあると聞くのですが、そのへんはどういう整理になってるんでしょうね。テレビ・新聞無いので知らないだけでずいぶん国会等で議論されたのでしょう。防災庁も出来たし、利権の問題もあるのかな・・・と大人の理解をしようと思ったのですが、どうやら世界中で政府が国民に呼びかけているとか。アメリ〇が七日?にイラ●を核攻撃するかららしい、とネットで情報が。日本政府も必死なのかも。
それなら納得できます。さすがはネット情報だ。陰謀論には強い。
なお、こちらの連載は陰謀論とは関係ないと思います。
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