荼毘一箇僧(一箇の僧を荼毘す)(「宋稗類鈔」)
焼いてしまわないように気をつけましょう。

最近とうふの角に頭ぶつけてないなあ。いや、それもウソかも知れない。
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蘇東坡がある晩、禅僧の伝記である「伝灯録」を読んでいた。
灯花堕巻上、焼一僧字。
灯花巻上に堕ち、一僧の字を焼けり。
灯りの火のついた塵が書の上に落ちて、一人の僧の名前のところが焦げてしまった。
東坡は
即以筆記于窗間。
即ち筆を以て窗間に記す。
即座に筆を執って、窗の下に一篇の詩を書きつけた。
その詩が後に遺りました。曰く、
山堂夜嶺寂、灯下読伝灯。
不覚灯花落、荼毘一箇僧。
山堂の夜、嶺寂として、灯下に伝灯を読む。
覚えず灯花落ち、荼毘す、一箇僧。
山中の部屋、夜になると山々は静かじゃ。
わしは灯りの下で「伝灯録」を読んでいた。
知らんうちに灯りの塵が落ちて、
僧侶をおひとり、火葬してしまった。
悟った後では、名前などもう要らないであろう。火の用心はしてほしいですね。
蘇東坡は晩年、自分の姿を鏡に映して、こんな詩を作っている。
心似已灰之木、身如不繋之舟。
問汝平生功業、黄州儋州恵州。
心はすでに灰の木の似(ごと)く、身は繋がざるの舟の如し。
汝平生の功業を問うに、「黄州・儋州・恵州」と。
(鏡の中のおまえは)心はもう燃え尽きて灰になった木のように現世のことには反応しない。
体はつながれていない舟のようにふらふらと何処へでも行く。
おまえさん、これまでどんなことをしてきたか、と訊いてみると、
(答えていう)「黄州にいた、儋(たん)州にいた、恵州にいた」
三つの州はすべて東坡が左遷されていた場所です。そこでの淡々とした日々こそ、わしの成し遂げた功績である、それよりほかにはない、と言っております。
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清・潘永因「宋稗類鈔」巻七「宗乗」篇より。宗教に乗っかって救われている、というようなエピソード集です。心は灰のように反応しなくなってきました。「灰の木」に「はいぼく」を引っ掛けて「灰木居士」を名乗ろうかな。
要らん本は読むのですが、課題図書なんか読みませんし。
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