詰而杖之(詰してこれを杖す)(「後山談叢」)

叱られてばかりですわー。

あまり暑く無くてしりこだまが集まらなかったでカッパ。

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宋のころのことです。
徐州の町の北部に住んでいた張なんとかという知識人は、

家世奉道、自謂当為左玄真人、遂以為称。

さらに、

為朝元図、絵其像於位。

ところがある朝、

臀流血如当杖。

なんだかたいへん憂鬱そうで、訊くと、

夢為城隍神所逮、詰而杖之。

とのことであった。
それからは「朝元図」を処分し、ふつうに「張生」と呼ばれるようになったということである。

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宋・陳師道「後山談叢」巻六より。ふつう夢でよかった、現実ではおれはやっぱりえらいんだ、と思うのではないかと思うのですが、この人はそんな夢を見たからといって自称を捨ててしまった、というのです。なんと非近代的なことではありませんか。

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