契丹二宝(契丹の二宝)(「墨余録」)

どんどん増えたり使っても減らないのは資本主義的にはすばらしい。資本主義な正しい。ということは、こういう物は善い物だということになります。

ウサギは消耗率が高いので資本主義的ではない可能性もある。

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契丹(遼帝国)には二つの宝ものがあったというのである。

一名百穴珠。珠大如卵、有百孔。

中蔵主珠、月明之夕、承以絳紗、能孕珠自落。

今日な中秋の名月ですから、出てきたことでしょう。

一名通香木、木長尺許。

沃以沸湯、取汁灑花木、雖隆冬即放花菜、以之染衣、香聞十里、経年不散。

当時の一里は550メートル余り。

これは経済的です。さらに、

服之能瘉奇疾、焚之可降天神。

身体や精神面にも使えるのだ。これはカネになるぞ。

皆異宝也。

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清・毛祥麟「墨余録」巻七より。こんなものがあったら利益が出るので素晴らしいではありませんか。・・・と思うのですが、当時は資本主義ではないのでうまく使えなかったみたいです。どうなってしまったのかは、また明日をお楽しみに。

たしかに我が国では、タダ、すなわちおカネとして計上されないもの、を出すと叱られそうです。ここは資本主義国だからな。お国のような混合経済(←いつの時代かね)とは違うんだぜ、という反論をしてほしいものです。日経新聞ですからね。

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