客子畏人(客子人を畏る)(魏文帝「雑詩」)
同じところにいると人の目も気になりますから、ふらふらして時々姿を消したりしている方が安心できませんか。少なくとも健康になるらしい。能率は・・・あがらないと思うのですが。

「波にぷかぷか浮いていて、近づくと刺すでボシ。人間への抑えがたい憎しみのゆえであろうか」。カツヲノエボシはオトヒメノハナガサぐらいかっこいい名前ですね。
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三国・魏の時代、相当えらい人が言いますに、
西北有浮雲、亭亭如車蓋。
西北に浮雲有りて、亭亭として車蓋の如し。
「亭亭」は高いところに「ぽつん」とある、というオノマトペです。
西北の空にぷかぷかと浮雲があって、車の屋根のような形をしている。
見ているうちに思った。この雲はわたしであるかも知れない、と。
惜哉時不遇、適与飄風会。
惜しいかな、時に遇わず、たまたま飄風と会う。
残念なことにいい時節に遇えなかったようで、ちょうどそのとき、つむじ風が吹いてきた。
吹我東南行、南行至呉会。
我を吹きて東南に行かしめ、南に行きて呉会に至りぬ。
わたしを東南の方に吹き飛ばし、わたしは南の方、呉や会稽(長江下流域)のあたりまで来てしまった。
呉会非我郷、安能久留滞。
呉会は我が郷に非ず、いずくんぞ能く久しく留滞せんや。
呉や会稽はわたしのふるさとではない。どうして長く留まっていることができようか。
棄置勿復陳、客子常畏人。
棄て置きてまた陳ぶること勿れ、客子は常に人を畏る。
しかし(この思いは)棄て置いてしまって、もう言うのは止めよう。旅人はいつも人(に心を見抜かれること)を恐れているものだ。
白い雲のイメージのおかげで、不安だけど絶望ではなく自由と希望を思わせる「青年の詩」になっています。
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魏文帝「雑詩」二(「文選」巻二十九所収)。魏文帝は曹丕、魏武公・曹操の息子のうち意地悪な兄貴の方です。ほんとは彼は意地悪なのではなくて、不安定な魏国の帝位を安定させるために四苦八苦していたというべきでしょう。結局数え年四十歳で安定させる前に死んでしまいました。
詩文についてもおやじや弟(曹植)と甲乙つけがたい文化人です。この詩も帝位に着く前の苦労か、帝位についてからの孤独か、あるいは自分の経歴とは何の関係もない人間の本質的な感傷か、どれだかわからないけど何かの不安を寓意して、素直ないい詩ではありませんか。諸姉兄におかれては如何。
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