唉可恨哉(唉(あい)、恨むべきかな)(「弇州山人四部稿」)
今日はえらい人たちの仲間に入れてもらって都内某所で晩飯。展望もよく、快適。珍しく会食中に居眠りをしなかった。恨むべきことは何もありませんでした。また集まりたいぐらいです。

「おれたち毒ヘビ軍団も、焼酎につけとくといいやつになるでにょろん」「長い時間かけて毒が抜けていくんでハブー」
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恨むべきこととはこういうことだ、と明の人が言ってます。
大抵世之于文章、有挟貴而名者、有挟科第而名者、有挟他技如書画之類而名者、有中于一時之好而名者、有依附先達、仮吹嘘之力而名者、有務為大言、樹門戸而名者、有広引朋輩、互相標榜而名者。
大抵世の文章においては、貴を挟みて名ある者有り、科第を挟して名ある者有り、書画の類の如き他技を挟して名ある者有り、一時の好に中(あた)りて名ある者有り、先達に依附し、吹嘘の力を仮りて名ある者有り、務めて大言を為し、門戸を樹てて名ある者有り、広く朋輩を引きて互いに相標榜して名ある者有り。
文章に切れ目がないので長くなってしまいますが、「有(挟)〇〇而名者」(〇〇を挟して名ある者有り)という構文がいくつか続いているだけです。
「挟」(きょう)はもちろん「はさむ」「手でつかむ」の意ですが、そこから派生して「帯びる」「もつ」さらにそれを持つことを「ほこる」という意味になります。ここでは「鼻にかける」と訳してみます。
たいていの世の中の文章書き(書けないと役人にもなれない)について言えば、
身分が高いのを鼻にかけて有名になるやつがおり、
科挙試験に受かったのを鼻にかけて有名になるやつがおり、
書とか画とかの他の芸術の能力を鼻にかけて有名になるやつがおり、
その時だけの流行に乗っかって有名になるやつがおり、
えらい先輩に引っ付いて、宣伝の力を借りて有名になるやつがおり、
そうでもないのに大きなことを言い、流派を立てて有名になるやつがおり、
仲間をたくさん引っ張ってきて、お互いに褒め合って、有名になるやつがいる。
要之、非可久可大之道也。
これを要するに、久しかるべく大いなるべきの道に非ざるなり。
まとめて言えば、これらは、長く、そして大いに名を残す道筋とは到底言えない。
さらには、
邇来狙獪賈胡以金帛而買名、浅夫狂竪至用詈罵謗訕、欲以脅士大夫而取名、唉、可恨哉。
邇来(じらい)、狙獪(そかい)の賈胡(ここ)の金帛を以て名を買い、浅夫・狂竪(じゅ)の詈罵(りば)を用いて謗訕(ぼうせん)して、以て士大夫を脅して名を取らんと欲するは、唉(あい)、恨むべきかな。
最近では、狙いすましたずるがしこいペルシャ商人の(ような)やつらが黄金や絹を使って名を買ったり、浅はかなやつ・狂った若造たちが罵詈雑言によって批判して、これらによって立派な知識人たちを脅(おびや)かして有名になろうとしている。
ああ、なんと恨むべきことではないか。
別に文章のことに限定しないでも、職場でうまくやっている人やテレビで名を売っている人たちへの批判としてそのまま通用するので、
「まったくじゃ」
と納得してしまいま・・・せんか。
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明・王世貞「小品」(「弇州山人四部稿」巻一五一所収)。王世貞、字・元美は、「文は秦漢、詩は盛唐」を合言葉に明代の文壇をリードした古文辞学派の指導者、前七子、後七子のうち後七子の領袖的人物で、我が国の徂徠学以降の漢文学にも大きな影響を与えています。ただし、秦漢の文章も盛唐の詩も威勢のいいことは言えるのですが、細かい心の動きや一般人の普通の生活などを描くのが苦手で、明の末ごろになると大批判にさらされ、チャイナではその後の文壇にほとんど影響を遺さなかった、と言われます。我が国では漢文や漢詩なんて一般人ではなくえらい人やえらくなろうとする人がでかいことをいうためのものだ、という認識が強いのでしょう、大言壮語と厳格なじじい的なものになってしまったので、今でもみんな「唐詩選」や「史記」「戦国策」ばかり教科書に出てくる・・・と言い切ってしまうと言いすぎかも。
そういう古文辞学派のひとが、文章で名を売っている人たちのほとんどは俗物野郎だぜ、と批判している文章です。確かに漢文としては上手い、と感じさせますが、それも我々が古文辞学派の漢文が上手い、と刷り込まれているせいかも知れません。
今日はむかしの仲間と豪勢なところで晩飯会でした。みんな現役を離れて何年か経つので、古文辞学派的でなくなって穏やかになってきた感じです。偶然か必然かで人と出会って、人生の価値は時間が経たないとなかなかわからないものですね。
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