7月8日(水)阿嘉島に行こうと思ったのですが、帰りの船が満席(明日は台風で船が出ない)だというので断念、沖縄市の古い村である古謝へ。沖縄の村落にあるべきものがみんなあり、まだ村としての統一も維持しているようです。だが、あと5年も経てば那覇や浦添みたいに・・・。

津嘉山(つかざん)から古謝の町を望む。このへん、石原〇太郎が開発しようとして途中で止めたところというウワサが。

小さいのが古謝の「いりのしーさー」(西の獅子)

ウブガー

あがりのしーさー(東の獅子)。このあたりが集落の真ん中か。ここより山よりが神域になるのであろう。

大アコウ。木の向こう側の祠はビジュルさま。

ここが本来のウブガーで集会所だったのであろう。

ウブガーから神山に登っていく途中にあるカミヤー(神屋)。

古謝の殿(とん)。礼拝所といえばいいでしょうか。

殿の前にあるアシビナー(遊び庭)。ここで宴会したりする。

殿の前にあるソーリーガー。

殿の裏手、一番腰当て(裏山の麓)に当たるところのウーチューガー。

はっきりしないのですが、この岩が古謝から山を越えていく途中にある「獅子石」のようです。さいの神みたいなものだと思います。

腰当てから降りて来ると村の聖地に至ります。おそらくむかしは鬱蒼たる森の中だったと思うのですが、これが上の御願(うがん)。上御嶽です。

こちらが下御嶽に当たるクモコウタキ。この近くに地頭火の神の祠もあります。

村はずれにある古謝の龕屋(がんや)。「龕」は葬儀の際遺体を運ぶための輿。これに乗せて山中に運び、数年経て洗骨して墓に収める、というのが葬送の基本形です。その「龕」を収めておくのが龕屋ですが、もちろんもう数十年使われていません。古謝の龕屋は文化財となっていたのですが、数年前に水害で流され、復元されたものだということです。

龕屋から歩くとお墓があります。これは古謝の名物?とされる「ジョーミチャ墓」。ジョーは「門」(元は「錠」らしい)。入口が三つある墓、という意味です。今は使われてないようです。

もう熱中してきたー!というところで突然到着した泡瀬のバスターミナル。蜃気楼かと思いました。

本日はここまで。浦添・屋冨祖の平敷兼七ギャラリーに寄って那覇に帰るだ。

7月9日(木)昨日沖縄市に行くバスの中で見た坂を上りたくなって、桑江から桃原まで昇ってみました。

北玉のトーヤマヌカー。

イーヌカー(上の井戸)。

謝苅(じゃがる)のマーチュー。ビジュルさまを祠る。

マーチューから北谷方面を見る。台風の雲が少し流れ込んできています。

桃原の泉川(イジュンガー)。

桃原(とうばる)のガー。これは立派ですね。

桃原の平和の塔です。左下の塔に戦争で亡くなったひとの名前が刻まれています。

沖縄市まで昇ってきました。山下の洞穴遺跡というのが前の森の中にあるはずなのですが、まわりは住宅で上りようがないのでここで諦めます。

那覇へ帰ってネコ叩いてから東京帰るか。

すごい臭いになっているクツが好きみたいです。またたびを嗅ぐかのような目つきをしています。あほなのであろう。

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