自不能言(自ら言う能わず)(「萍洲可談」)
表記されないなら好き勝手言ってみたくなりますよね。

銀河団だ。目立たぬように生きております。
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宋の時代の人が言うには、
広中富人、多畜鬼奴、絶有力、可負数百斤。
広中の富人、多く鬼奴、絶して力有り、数百斤を負うべきを畜わう。
広州の金持ちたちのところには、「鬼奴」がたくさん飼われている。こいつらは、くらべものにならないぐらい力が強く、一斤≒600グラムですから、百~二百キログラムのものを背負うことができる。
言語嗜欲不通、性淳不逃徙、亦謂之野人。
言語嗜欲通ぜざるも、性淳にして逃徙せす、またこれを「野人」と言う。
コトバや欲しいものを(我々文明人と)交わす能力はないが、性格はいたって素朴で、逃げようとしない。また「野人」と呼ばれる。
7月16日に地仙の一種としての「野人」を紹介しました。ほかにもいろんな種類のがいるようです。
色黒如墨、唇紅歯白、髪鬈而黄。有牝牡。生海外諸山中。
色黒きこと墨の如く、唇紅にして歯白く、髪は鬈(けん)にして黄なり。牝牡有り。海外諸山中に生ず。
肌の色は墨のように黒く、くちびるは赤く、歯は白い。髪は(お釈迦様のように)鬈(けん。巻き髪)になっていて、茶髪である。オスとメスがある。生息地は南洋の島々である。
食生物。採得時与火食飼之、累日洞泄、謂之換腸。
生物を食らう。採得の時、火食を与えてこれを飼うに、累日洞泄し、これを「換腸」と謂う。
食物は生のままで食う。これを捕まえたときに、火を通したものを与えると、何日間もひどい下痢を起こす。これを「はらわた換え」という。
縁此或病死、若不死、即可蓄。
これによりて或いは病死するも、もし死なざれば、即ち蓄うべし。
この際に死んでしまうやつも多いのだが、死ななかったやつはそのまま飼うことができる。
久蓄能暁人言、而自不能言。
久しく蓄うれば能く人言を曉(さと)るも、自らは言う能わず。
長く飼っていると人間のコトバを理解するようになるが、自ら話すことはできない。
このほか、
有一種近海野人、入水眼不眨。謂之崑崙奴。
一種の近海野人有り、入水するも眼眨(そう)せず。これを崑崙奴と謂う。
別に、海の近いところに棲む野人がいる。こいつらは海中でも目を開いたままでいることができる。すなわち「コンロンやっこ」のことだ。
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宋・朱彧「萍洲可談」巻二より。能力のある野人もいるようです。理解はするが自ら発言する能わず、というのはえらい人の側にいる者に必須の資質でしょう。必要な能力を人事院で整理してくれるとやる気になるかも知れません。
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