於禄殖与(ああ、禄殖(ふ)えんか)(「法言」)
――睡眠時間短い上に太陽光線に長く当たっているから疲れてしまうのではないでしょうか。じっくり寝て冷房の利いたところにいればいいですよ。
「ああ、だが、それができないのである。観タマとこのHPがかなり負担なのだ」
――なら止めればいいですよ。
「なるほど。検討してまいりたい。(こんなのも官僚主義的?)」

限界を超えるとバクハツして矮星になっちゃうよ!!
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聖人重其道、而軽其禄。衆人重其禄、而軽其道。
聖人はその道を重んじ、その禄を軽んず。衆人はその禄を重んじ、その道を軽んず。
聖人はその信ずる道義を重視し、もらえる給料はあまり気にしない。一般人はもらえる給料を重視、道義のことなどあまり気にしない。
聖人曰、於道行与。
聖人曰く、於(ああ)、道は行われんか、と。
聖人なら言うであろう、
「ああ、道義に基づく政治は行われるだろうか。(それに向かって努力しよう)」と。
衆人曰、於禄殖与。
衆人曰く、於、禄は殖(ふ)えんか、と。
一般人は言うであろう、
「ああ、給料は増えるであろうか。(それに向かって努力しよう)」と。
でもそれは向上心のある一般人Aです。給料以外にも投資とかしてることでしょう。
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漢・揚雄「法言」五百巻第八より。向上心の無い一般人Bは、「禄」はもう増えないので、物価ですよ。物価がどんどん上がるので困惑してしまいます。わたしあたりでさえ、できるだけ安い試合を選択したり、食べるものの質を落としたりしています。先月から外食は週一回は牛丼にすることにした。普段食っているものよりこの方が美味い。「於、牛丼は増えんか」と、週二三回に増えていくことでしょう。
ところで、「五百」という巻名を見ると「五百巻もあるのか」と驚くかも知れませんが、そんなにありません。この巻は第八巻です。巻の頭に、
或問、五百歳而聖人出、有諸。
或ひと問う、五百歳にして聖人出づ、とはこれ有りや。
あるひとが(揚雄に)質問した、
「(孟子が)聖人というのは五百年ごとに出現するものだ、と言ってますが、本当にそんな法則はあるのですか」
と訊いているので巻名がこの冒頭のコトバを採って「五百」の巻と呼ばれているのでした。この巻はその後、聖人とは何者か、何をするのか、といったことを議論しています。でもおカネが絡まないと、みなさんあんまり興味ないですよね。
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