河北大水(河北大いに水す)(「夢渓筆談」)
明日の夜までとなるとかなり長時間降っていることになりますね。

明日たくさん降ったらシャワーいらないかも。しりこだまは抜かれるかも知れません。
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北宋の慶暦年間(1041~48)のことであるが、
河北大水。
河北大いに水せり。
黄河が溢れ、流域一帯がたいへんな洪水になった。
仁宗憂形于色、有走馬承受公事使臣到闕、即時召対。
仁宗、憂い色に形(あら)われ、走馬承受せる公事使臣の闕に到る有るに、即時に召して対す。
名君の評判高い仁宗皇帝、心配されているのが顔色にも表れておられ、ウマを乗り継いで役所の報せを持ってくる「使い」の者が宮中に来ると、めんどうな儀式無しにすぐに呼び込んで対面した。
皇帝はご下問された。
河北水災何如。
河北の水災、いかんぞ。
「黄河流域の洪水は、どうなっている?」
使官はお答え申し上げた。
懐山襄陵。
山を懐にし、陵(おか)に襄(のぼ)る。
「山を抱き、丘に登れり」
詩経の古い言い回しを使いました。
又、問、百姓如何。
また、問う、百姓いかんぞ。
また問われた、「人民どもはどうしておるか?」
答えて言う、
如喪考妣。
考妣(こうひ)を喪えるがごとし。
「考」は「死んだおやじ」、「妣」は「死んだおふくろ」です。
「おんちちぎみ・おんははぎみを喪えるがごとかりき」
上黙然。
上、黙然たり。
皇帝は黙りこくっていた。
使者が退くと、内閣の担当者を召し出して伝えた。
今後武臣上殿奏事、併須直説、不得過為文飾。
今後、武臣上殿して奏事するときは、併せてすべからく直説すべく、文飾を為すに過ぎることを得ず。
今後は、現場から来た武官を宮殿に呼び入れて物事を報告させる際には、何が起こっているか直接的に説明するように。ことばに飾りをつけ過ぎてはならぬ。
「ははー」
至今閣門有此条、遇有合奏事人、即予先告示。
今に至るも閣門にこの条有りて、奏事すべきの人有れば、即ちあらかじめ先に告示す。
現代(50年後くらい)に至るまで、内閣のお役所の入口の上にはこの条目が掲示されていて、奏上の用事にある人が来るたびに、係の者からあらかじめ告示されているのである。
コトバを飾るだけでなく、ウソまでついてしまってはいけません。田〇義一さんみたいになっちゃったらどうするのか。
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宋・沈括「夢渓筆談」巻二十五より。雨が降るので観タマ・観ネコができません。ひまだなあ。全勝さんのHPまた見られなくなってしまったし。
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