6月20日 雨がよく降って梅雨らしくてよい

天邪人邪(天か人か)(「法言」)

人です。全部人間のせいです。

ニンゲンどもよ、夏休みはまだでちゅかね。

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前漢の終りごろのことですが、あるひとが揚雄先生に質問した。

嬴政二十六載、天下伝秦。秦十五載而楚、楚五載而漢。

「嬴」(えい)は秦侯の姓。「政」が始皇帝の名前。「嬴政」で始皇帝の姓名です。

五十載之際而天下三伝、天邪人邪。

先生は答えた、

具。

周建子弟、列名城、班五爵、流之十二。当時雖欲漢得乎。六国蚩蚩為嬴弱姫、卒之屏営、嬴伝其政。故天下伝秦。

「蚩」(し)は「おろかだと笑う」(「嗤う」)という意味と「おろか」という意味があります。ここは後者でしょう。なお、超古代に黄帝と天下を争って敗れた英雄・蚩尤(しゆう)は蚩が姓だったのです。これは「おろか」ではなく「おろか者たちを嗤う」という強い種族で、「虫」がついていますから、龍とかヘビの子孫を名乗っていたに違いありません。

秦失其猷罷侯置守。守失其徽、天下孤睽。

この時、

項氏暴強、改宰侯王、故天下伝楚。

ところが、

伝楚之月、有漢創業山南、発迹三秦、追項山東。故天下伝漢。

こうして天下の流れを大まかに眺めてみると、その変化の本体は、

天也。

人、曰、兼才尚権、右計左数、謹于時、人也。

とすれば、

天不人不因、人不天不成。

天と人、いずれも具わらねば天下は得られないということである。

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漢・揚雄「法言」重黎巻十より。秦の滅亡や楚・漢戦争については、司馬遼太郎先生の「項羽と劉邦」でも読んで勉強してください。連載中は「漢の風楚の雨」という題名だったんです。じとじと楚の国には雨が降ったのでありましょう。

全勝さんところは二枚目から先はデータベースに接続できなくて入れなくなっていたので、「出雲が無くなった印旛」と読めて全勝さんも神話民俗ものに踏み入れたかと思ったこのページだけしかリンクできなくなっていました。最近印鑑使ってません、とはいえるのですが、いつが最後だったかは思い出せません。うーん。

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