6月16日 〇ネ〇ネ団の歌思い出し口ずさむ

上一檐香(一檐(いちたん)の香を上(たてま)つる(「真誥」)

昭和40年代後半に歌われていた「〇ネ〇ネ団のテーマ」(「愛の戦士レインボーマン」挿入歌)をよく口ずさんでおります。
「カーネで心を汚しちゃえ」
ホントですよね。今だけカネだけ自分だけ、もうどうしようもない世の中になってしまったので、隠棲しますわー。

純粋な心でみぞれなどを食べたいものでぶー。スナック菓子やあんぱん五個入り、なんで買ってきてしまうのかでぶー!
去年後半から日〇国政府や〇民党へのぼんやりした信頼感を失うとともにコメが主食という認識も無くなってしまいました。マインドコントロールがいくつも溶けてしまった感じ。

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梁の時代、四平山の方台といわれる洞窟に隠棲した五人の修道者たちについて、神がかりになった霊媒が述べるところを時の大知識人・陶弘景が記録した。その四人目。

蔡天生者、上谷人也。小為嘯父。

「上谷」は漢代、現在の北京あたりにあった郡です。「嘯父」とは何であろうか。
一般には、古代の仙人であった「嘯父」(しょうほ)のことだというのですが、この人は「草履直し」の行商人で、何十年経っても年をとらなかった、という。しかし、この後に出てきますが、蔡天生の生業は「草履直し」ではないし、エピソードにも嘯父を連想させるものがない。しようがないので、ここは伝説の固有名詞としての「嘯父」になったのではなく、口をすぼめて息を吐き出しながら音を鳴らし、優秀な人はそれによってドウブツや風雨まで意のままに操るという「嘯」(しょう)の名人だった、という普通名詞と解しておきます。

売雑香於野外。以自業贍、情性仁篤、口不言悪道。

「贍」(せん)は「助ける、救う」。

いい人ではありませんか。

逢河伯少女、従天生市香。

天生知是異人、再拝上一檐香。

「檐」(えん)は軒先のことなんですが、「たん」と読むと「担」(もとは「擔」)の意味になります。「かつぐ」「になう」。

そんなにもらってどうするんだ、ありがた迷惑では、と思いますが、そこは神仙の世界の人だ、

少女感之、乃教其朝天帝玉皇之法。

こんな小娘が?河伯の娘というのは普通の人間から見ればすごいえらい神仙ですが、そちらの世界では下っ端なのでは・・・と思うのですが、逆に小娘の方があちらの世界では高く評価されているのかも知れません。小娘、と訳していますが、そういう形態をとっているだけで、年齢的には数千、数万歳なんでしょう。

教えられた秘法を一心不乱に使っているうちに、天生は、

遂以獲仙、託形舃杖、隠存方台。

少女今猶往来之也。天生師之。

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梁・陶弘景「真誥」稽神枢第四より。隠棲するにもいろいろ術がいるんですね。
こういことを霊媒が「ううー」「ああー」「と呻きながら伝えるのを、陶弘景はすごい敬虔な顔をして書き留めていたかと思うと、いい人だったのかも、と思ってしまいます。実際は時の皇帝から「山中宰相」と呼ばれていろんなことを諮問されていた人なので、おそらくどす黒い一面もあったのではないかと思うのですが如何。

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