6月17日 人と話をしたのでもう限界が近い

相見無雑言(相見るも雑言無し)(「陶淵明集」)

もう人とまともに会話するのムリになってきました。

もう役割を終えたと、放り出されて終わりでコケ。衆人酔い、我一人覚めたり、という時には、わたしが排除されるものだと屈原先生も言っております(「楚辞」)。この会社、どう考えても筆者がクビになって大団円になるのでコケ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

田舎に帰ってきた陶淵明先生も言っておられます、

野外罕人事、窮巷寡輪鞅。

「鞅」(おう)は馬の胸に当てる馬具。前の「輪」と合わせて、「車と馬」のことです。

なかなかいいところではありませんか。

白日掩荊扉、虚室絶塵想。

時復墟曲中、披草共来往、
相見無雑言、但道桑麻長。

仕事の話を手短かにするだけなのだ。

桑麻日已長、我土日已広。

無駄な会話をせずに耕作しているからじゃ。

常恐霜霰至、零落同草莽。

気候が悪いと困ります。悪政も?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

南朝宋・陶淵明「帰園田居」(園田の居に帰る)其二。帰る家があっても気候が悪化すると労働の成果が得られないのである。帰るべき家も無いのにマジメにやってられるか、株? 半導体銘柄だけじゃろ、というのがファイナルアンサーではなかろうか。

ホームへ
日録目次へ

コメントを残す