為之哀傷(これがために哀傷す)(「夢渓筆談」)
株式も上がって(保有してませんけど)日本経済最高、さすが日本!さすが日本国政府!我らの誇り!
・・・と持ち上げてみましたが、絶対あちこちに知らない悲劇が待ち構えてますよね。哀しいことです。

今日は新月か。道理で眠いはずでメー。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
宋の時代のことですが、徐徳占が用務のために江南の逆旅(旅館)に泊まったときのこと、
老婦訴以飢、其子恥之。
老婦飢を以て訴え、その子これを恥ず。
宿の老婦人が腹が減ったと繰り言を言っており、徳占のところに挨拶に来た息子の主人がそれを恥ずかしがっていた。
徳占が「おふくろさんに何か食べさせてあげなさいよ」と薦めると、宿の主人は「はあ」と力ない返事をし、
以蒸餅啖之、尽一竹簀、約百餅、猶称飢不已。
蒸餅を以てこれに啖らわすに、一竹簀、約百餅を尽くすも、なお飢え止まずと称す。
蒸したまんじゅうを大量に食わせた。竹の蒸し器には約百個のまんじゅうが入れられるのだが、それをまるまる食べ尽くしても、まだ「腹が減ったよう」と訴えて止まなかった。
息子が言うには、
日飯一石米、随即痢之、飢復如故。
日に一石米を飯するも随いて即ちこれを痢し、飢えることまた故(もと)の如きなり、と。
毎日一石のコメを食わせておるのですが、食べるとすぐに下してしまい、もとどおり腹が減ってしようがないらしいのです、と。
一石=十斗=百升です。現代だと一升≒1.8リットルだから、ええーーー!!!!という量になりますが、宋代の一升はだいたい半分の0.95リットルだったらしいので、それなら・・・ええーーーーー!!!!! 95リットルも毎日食っているそうなのです。
出したやつ食ったらええやん、と考えてしまいますよね。
本人もツラいが経済的にも苦しい病気である。減反とかされたらイヤになりますね。
京兆醴泉主簿蔡縄、余友人也。亦得飢疾。
京兆・醴泉の主簿・蔡縄、余の友人なり。また飢疾を得たり。
首都圏の醴泉(れいせん)県の総務課長・蔡縄は、わしの友人だ。彼もまたこの「腹減り病」に罹ってしまった。
毎飢立須啖物、稍遅則頓仆悶絶。懐中常置餅餌。
飢える毎(ごと)に立ちどころに物を啖らうべく、やや遅るれば頓仆し悶絶す。懐中常に餅餌を置けり。
腹が減ってくると、その都度すぐに何を食べなければならない。少しでも時間を置いてしまうと突然倒れたり、気を失ったりしてしまうのだ。このため懐の中には、いつも食べられるまんじゅうを入れていた。
雖対貴官、遇飢亦便齕啖。
貴官に対するといえども、飢に遇えばまたすなわち齕(か)み啖らう。
おえらい方の前で説明などしている時でも、腹が減ったと感じたらすぐに(まんじゅうを)かじって食わないとならないのだ。
縄有美行、博学有文、為時聞人、終以此不幸。
縄、美行有り、博学にして有文、時の聞人たるも、ついにこの不幸を以てす。
蔡縄は、いいことをたくさんした。学識も広く文才もあった。そのころの有名人だった。だが、とうとうこんな不幸な病気になってしまった。
無人識其疾、毎為之哀傷。
人のその疾を識る無く、つねにこれが為に哀傷す。
誰かが彼の病気のことを理解せず(意地汚い人だとか)うわさしていたりするのを聞くと、いつも彼のためにたいへん悲しく痛ましく思ったものである。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
宋・沈括「夢渓筆談」巻二十一より。わたしのは、この病気の一形態だと思うんです。スナック菓子とかあんぱん五個入りとか止まらないんです。えらい人の前でも食べてしまうところなど、確実に感染しています。それなのに人には理解してもらえないとは。
新聞記者さんには理解してもらえるかな。
コメントを残す