雨露択地(雨露地を択ばんや)(「玉堂叢語」)
場所はどこでもいいや。食べ過ぎないようにしたいものです。

北を向いてどこかへ行こう。クマいるかも。
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明の解大紳というひとは、
求文与書者日輻輳、率与之、無厭倦意。
文と書を求むる者日に輻輳するも、率いてこれを与え、厭倦の意無し。
文章と書を求めるひとが毎日、車のスポークが中心に集まるようにたくさんやってきた。彼は求めるままに書き与えて、いやがったりめんどくさがったりすることは無かった。
いいひとかも知れません。
あるひとが言った、
有不当与者。
与うべからざる者も有らん。
「ほいほいと書いてやってはいかんようなワルや愚か者もいるのではないか」
人口知能にでもやらしておけばいいのかも。
だが、解は言った、
雨露豈択地而施哉。
雨露、あに地を択びて施さんや。
雨や露が、落ちるところを選んで落ちてくるもんかね。
わしはそのように恵み深いんじゃ。
且人孰不可与進者。
かつ、人孰(たれ)かともに進むべからざらん。
それに、人間、誰だって、いい方向に変わっていくかも知れんだろう。
かように器が大きい人であったのである。
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明・焦竑「玉堂叢談」巻五より。年取っているのになんでこんなに食ってしまうのか。それもスナック菓子などを。器が測り知れないほど大きいのかも知れません。
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