行則必佩(行けばすなわち必ず佩す)(「草木子」)
出かける時は忘れずに、ということです。

肝冷斎はどこに行ったのかね?まあ別にいなくても困らないか。
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玉為宝中至貴。
玉は宝中の至貴と為す。
「玉」は宝物の中でも最も貴重なものとされる。
且以一身求之天地之理、玉則髄也。金、筋也。石、骨也。水、血脈也。草木、毛髪也。土、肉也。山、頭也。沢、腹也。
しばらく一身を以てこれを天地の理に求むれば、玉はすなわち髄なり。金は筋なり。石は骨なり。水は血脈なり。草木は毛髪なり。土は肉なり。山は頭なり。沢は腹なり。
たとえば、人間の体を使って、天地宇宙の仕組みに探ってみることにすると、玉は髄液に当たるものなのである。黄金が筋肉、岩石が骨、水流が血管、草木が毛髪、土が肉、山が頭で湿地が腹であろう。
蓋髄為一身元気、所以為至貴也。
けだし、髄は一身の元気たり、至貴と為す所以なり。
つまり、髄液は身体の根源のエネルギー源だから、それに該当する玉が最も貴重だ、というわけである。
故君子比徳於玉、行則必佩。抑有旨哉。
故に君子は徳を玉に比し、行けばすなわち必ず佩す。そもそも旨有るかな。
だから、かの立派なひとは、人間の徳目を玉の性質に喩えたのだ。どこに行くにも玉を身に着けておけ、と言ったのだ。それにはやっぱり意味があったのである。
玉のような人格にならないといけません。がんばろう。
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元・葉子奇「草木子」巻四下より。ナフサは原油からみればツメとか垢みたいな、本来なら捨てるようなもの、でしょうか。無いと困るらしいのですが、無いからといって怒りません。「ある」とウソをついたり誤魔化したりしていてもまだまだ別に怒りません。それでうまくやったと思って自分は賢いというような顔をしていると、さすがに怒るよりほかにしようがなくなってしまう・・・かも。怒ったからといって別に困らないでしょうけど。
なお、君子は徳を玉に比す、とは、「礼記」聘義篇の孔子のコトバです。
・・・君子が玉を大事にするのはなぜか、希少価値があるからか、と子貢に問われた孔子が言う、
「希少価値があるからではない。
夫昔者君子比徳於玉焉。温潤而沢、仁也。・・・・
それ昔、君子徳を玉に比したり。温潤にして沢なるは仁なり。・・・・
むかしから、立派なひとは「徳」を玉の性質に比べて、(それを忘れてはならないから、玉を大事にするのである。)例えば、玉がぬくもりと湿り気を持ち、つやつやしているのは、まるで人間の「仁」の徳のようである。また・・・」
といろんな徳目と玉の特徴を比べていくのですが、ちょっと長くなる(し、しかも大事なことな)ので、これはまた別の機会に致しましょう。
行けばすなわち必ず佩す、も、もとは「論語」に出て来る孔子のコトバですが、これもまた今度にします。
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