5月14日 昨日頑張ったのに今日さぼってちゃらに

痩羊博士(痩羊博士)(「東観漢記」)

死神博士みたいでかっこいいですね。

おれもかっこいいではなイカ?

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経済的平等は大切です。
後漢・光武帝の建武年間(25~56)には、

毎臘、詔書賜博士一羊。

しかし、

羊有大小肥痩。時博士祭酒議欲殺羊分肉、又欲投鉤。

「投鉤」という行為がわかりずらいのですが、くじ引きのようなことを「カギ(フックとかベルトの留め金など)」を投込んで行っていたのではないかと思います。

ところで、

甄宇、字長文、北海安丘人也。清静少欲、習厳氏春秋、教授常数百人、建武中徴拝博士。

宇復恥之。

(他人より多く欲しい、少ないのはイヤだ、というのは学問をする者の取るべき態度ではない)
と考えて、

宇因先自取其最痩者、由是不復有争訟。

後召会、問痩羊博士所在、京師因以号之。

甄宇はやがて、

卒於官。

丁重な葬儀が行われたのである。

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「東観漢記」より。同書は後漢時代に宮中の東観で編集されていた官撰の同時代史です。たいへん史料的価値が高いのですが、散佚してしまい、現在では後漢については唐代に編集された「後漢書」が「正史」となり、「東観漢記」はその注などに使われていた一部だけが遺っています。たいへん残念ですね。

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