4月23日 飲み会から帰ってきてひと眠り

不至必貧(至らざるも必ず貧し)(「商子」)

最近、どんどん貧乏になってきます。もちろん、わたしのことです。この国がどうかは知りません。

サン・ジョルディの日でクモ。おしゃかに言われて地獄に糸を垂らしているのもめんどくさいので、さぼって読書しクモっと。
誰もプレゼントしてくれないから、自分で新しい本を選んでみます。ん?「商子」?女の子の本かな。あるいはどこかの女性宰相?
・・・さっきから誰か糸を引っ張っているようだが、とりあえずほっとクモ。自己責任でクモ。

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今日は五十年ぐらい前の知り合いと飲み会。緊張しましたが終わるころはどうでもよくなった。

さてさて、「商子」ちゃんの本を読んでみます。

詩書礼楽善修仁廉弁慧。

この十のものは何やらいいもののように見えます。特に建前を重んじる儒者ならこれらを求めるに違いない。だが、

国有十者、上無使守戦。国以十者治、敵至必削、不至必貧。

ええー、そうだったんですか。
逆に、

国去此十者、敵不敢至、雖至必却。興兵而伐、必取、按兵不伐、必富。

国好力者、以難攻。

この「力」は「兵」と「富」、軍事力と富力のことです。

以難攻者必興。好弁者以易攻。以易攻者必危。

口先だけの議論を好むものは、相手の謀略に乗せられやすいからです。

故聖人明君者、非能尽其万物也、知万物之要也。故治其国者、察要而已矣。

ところが、

今為国者多無要。朝廷之言治也、紛紛焉務相易也。

是以其君惛於説、其官乱於言、其民惰而不農。

ああ、これではもうおしまいだ。おしまいだ。それからどうなってしまうのか、は明日に致しましょう。

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「商子」農戦第三より。この本は「商君書」ともいいます。「商子」あるいは「商君」とは、戦国の時代、斉では孟子、楚には荘子が活動していたころ、法家思想を説いてまだ西方の中小国家に過ぎなかった秦国を富国強兵せしめた前四世紀の思想家・政治家、商鞅(しょう・おう)のこと。彼の言に託して法家の考えをまとめたのがこの「商子」の書です。法家といえば「韓非子」が有名ですが、その一時代前、「法家思想」が新しい社会思想として秦の国で社会実験的に現実化されはじめたころの荒々しい古典(もちろんもっと後世に付け加えられた部分も多い)です。「韓非子」なんか読んでると、現代のすぐれたみなさんは「当たり前だろ」と思うようなことしか書いてありませんが、こちらは「ええー、そうなんだ、だが、それは大人は言ってはいけないことでしょう、くっくっく」という新鮮な記述が多くておもしろい。ためにはならないと思いますけど。表で言ってはいけないことですからね。くっくっく。

ミネルヴァのふくろうのことが書かれているので読んでみてください。

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