肥白如冠玉(肥白なること冠玉の如し)(「鶏肋編」)
ほんとにどこに行っても居眠りしてしまいます。どうしたらいいのだろうか・・・と思ったが、自分がどうしたって居眠りはするので、「どうなっているのか、怪しからん」と自分の責任ではない言い方をしておくほうがいいであろう。この際、アイデンティティーを無くしてしまえばいいであろう。認証心理士という肩書があることにちょっと驚いた。自分で新聞読まないので助かります。

人生は歩き回る影法師、おれたちは舞台の上の哀れな俳優にすぎない。もうダメだ。会社行きたくない。だが自分のせいではない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
さて、金に北宋が潰されて、南宋が起こされる建炎年間(1127~30)、宰相となった范覚民という人は、混乱期でもありどんな事績があった人かあまりはっきりしないのですが、
作相、方三十二歳。
相と作る、まさに三十二歳なり。
宰相となったとき、ちょうど数えで三十二歳であった。
という若い人で、
肥白如冠玉。
肥にして白きこと冠玉の如し。
太っていて色白で、まるで冠につける白い玉のようであった。
若いのに肥っていたとは。
しかし、当時は太っているのは「かっこいい」とされていた。彼も自分のことをかっこいいと思っていたのであろう、
旦起、与裹頭、帯巾、必皆覧鏡。時謂三照相公。
旦に起きると、頭を裹むと、巾を帯ぶると、必ずみな鏡を覧る。時に「三照相公」と謂えり。
朝起きたとき、頭を布で包むとき、その上から頭巾をかぶるとき、それぞれ必ず鏡を見てかっこうを整えた。それで、当時、「三回光り大臣」と言われたのである。
陰でそう言われて笑われていたのである。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
宋・荘綽「鶏肋編」巻中より。うーん、なるほど。なるほどなあ・・・。一瞬、「そんなことを書いて何のためになるのだ?」と訊いてみたくなるような記事ですが、それが「鶏肋」(もう食べるところはないが捨てきれない)たる所以である。役に立たないけれど筆者としては書き残しておかないと気が済まないレベルのお話だったようです。
いずれにしろ、鏡を見てかっこうつけるのは自分のせいですから蔭口言われてもしかたないですが、「肥って色白」は自分のせいではないので仕方ありません。
コメントを残す