但得其様(ただその様を得たり)(「浪迹叢談」)
効果が無いと評価してくれない人は多いです。単なる「美」や「感動」だけでは「カネにならんからな、はははは」というのです。

生きていてもいいのだろうか、それとも生きていてはいけないのか。それは問題だぞ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
五代の時代、後蜀のひと蒲延昌は、画術を以て翰林院待詔(皇帝の指示を待つ顧問格)に任ぜられていた。
時福感寺僧模写宋展子虔獅子于壁、延昌見之。
時に福感寺の僧、宋の展子虔の獅子を壁に模写し、延昌これを見たり。
そのころ、蜀・成都の福感寺の画僧が、中原の宋国の画師・展子虔の「獅子図」を模写して壁に描いた(のが評判になった)。そこで延昌はその画を見に行った。
じろじろ見ていて、「うーん」と唸ったりしていたが、やがてにこやかになって、言った、
但得其様、未得其筆。
但、その様を得るのみにして、いまだその筆を得ざるなり。
「わかったわかった、形はよく写してあるが、筆の使い方まで会得できていなかったんじゃな」
そして、
遂画獅子図以献。
遂に獅子図を画きて以て献ず。
とうとう自分で「獅子図」を画いて、これを帝室に献上した。
時王昭遠公有嬖妾患瘧、以之懸于臥内、其疾頓減。
時に王昭遠公、嬖妾(へいしょう)の瘧を患うる有り、これを臥内に懸くるに、その疾頓に減ず。
ちょうどそのころ、王昭遠さまのところで、愛妾がマラリアに苦しんでいた。(王昭遠は皇帝からこの絵を借り出して)これを寝室に懸けてみたところ、たちまち(愛妾の)病気は治ってしまった。
怪而問之。
怪しみてこれに問う。
「どうしてこんなことが起こるのかね」と不思議に思って訊いてみた。
「誰が」という記述がないので、皇帝か王昭遠か、あるいは他のおっさんか、と思いますが、王昭遠と考えておくのが一番穏当でしょう。
答えて言うに、
昔梁昭明太子以張僧繇獅子瘉疾。名曰辟邪。其来久矣。
昔、梁の昭明太子、張僧繇(ちょうそうよう)の獅子を以て疾を癒せり。名づけて「辟邪」(へきじゃ)と曰う。その来たるや久しきかな。
むかしむかし、梁の国(五世紀)の大知識人であられた昭明太子さまは、画師・張僧繇の描いた「獅子図」を前にして、病が治ってしまったといいます。
福感寺の模写を見た時、これでは病気は治らない、なぜだろうと考えて、筆使いに払魔の力が無いことに気が付いた。そこで、筆の使い方まで含めて描いてみたのです。
このドウブツは「辟邪(へきじゃ)」(よこしまなるを避ける)と申しまして、このドウブツが病を治癒すること、ずいぶん昔から伝わっていることでございます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
清・梁章矩「浪迹叢談」巻九より。すばらしい。わたしもそんな画が欲しいものである・・・と思いましたが、どうせフェイク科学でしょう。その様子だけでなく筆使いまで似せたところでもともとがフェイクだから効果ないですよ。
お釈迦さまの言う「四諦」(四つの諦念)の中に、「生きることは苦しいことである」という「苦諦」があったはずです。その苦しいことを「分身ロボット」がやってくれる・・・と考えれば、幸福といえるのではないでしょうか。もちろん「苦諦」を否定できればいいのですが、これがまたなかなかね。たいへん難しいですよね。
コメントを残す