4月20日 明日は一月に一回の朝が早い日だ。

但得其様(ただその様を得たり)(「浪迹叢談」)

効果が無いと評価してくれない人は多いです。単なる「美」や「感動」だけでは「カネにならんからな、はははは」というのです。

生きていてもいいのだろうか、それとも生きていてはいけないのか。それは問題だぞ。

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五代の時代、後蜀のひと蒲延昌は、画術を以て翰林院待詔(皇帝の指示を待つ顧問格)に任ぜられていた。

時福感寺僧模写宋展子虔獅子于壁、延昌見之。

じろじろ見ていて、「うーん」と唸ったりしていたが、やがてにこやかになって、言った、

但得其様、未得其筆。

そして、

遂画獅子図以献。

時王昭遠公有嬖妾患瘧、以之懸于臥内、其疾頓減。

怪而問之。

「誰が」という記述がないので、皇帝か王昭遠か、あるいは他のおっさんか、と思いますが、王昭遠と考えておくのが一番穏当でしょう。

答えて言うに、

昔梁昭明太子以張僧繇獅子瘉疾。名曰辟邪。其来久矣。

福感寺の模写を見た時、これでは病気は治らない、なぜだろうと考えて、筆使いに払魔の力が無いことに気が付いた。そこで、筆の使い方まで含めて描いてみたのです。

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清・梁章矩「浪迹叢談」巻九より。すばらしい。わたしもそんな画が欲しいものである・・・と思いましたが、どうせフェイク科学でしょう。その様子だけでなく筆使いまで似せたところでもともとがフェイクだから効果ないですよ。
お釈迦さまの言う「四諦」(四つの諦念)の中に、「生きることは苦しいことである」という「苦諦」があったはずです。その苦しいことを「分身ロボット」がやってくれる・・・と考えれば、幸福といえるのではないでしょうか。もちろん「苦諦」を否定できればいいのですが、これがまたなかなかね。たいへん難しいですよね。

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