睡起無一事(睡起するも一事無し)(「花閒集」)
「寝てても起きてもおんなじじゃよ、おまえさんは」と言われるカモ。かなり高い境地である。

長い眠りから覚めて、復讐を開始する!かも。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
五代十国の一、南唐国が亡んだ時、南唐の臣であった張泌は後主(最後の帝)とともに宋の都・開封に連行され、そのまま北宋に仕えることとなった。ために江南の思い人と別れてしまったのである。
その思いを「詞」に託したのであった。
碧欄干外小中庭、雨初晴暁鶯鳴。
碧欄干の外、小さき中庭に、雨初めて晴れて暁の鶯鳴く。
あおいおばしまの外には小さな中庭があって、雨がいま止んで晴れたばかり、夜明けにウグイスが鳴きに来た。
飛絮落花時節、近晴明。
飛絮(ひじょ)、落花の時節、晴明に近し。
ヤナギがわたを飛ばし、花は落ちる春のたけなわ、晴明節(四月上旬)ももうすぐだ。
睡起捲簾無一事。匂面了、没心情。
睡りより起きて簾を捲くも一事無し。面に匂えども、心情没(な)かりき。
睡眠から起きてすだれを巻き上げてみたが、さて何もやることはないのだった。一面に花の香りが漂っているが、おれの心は虚しいままだ。
ここまでの一連のまとまりを「一闋(いちけつ)」と言います。「詩」だと「一首」というところですね。「闋」は「終わる」なので「一番が終わった」という意味です。ここから同じ節で二闋目を歌います。
浣花渓上見卿卿。臉波秋水明。
浣花渓の上(ほとり)、卿卿を見し。臉波(れんは)は秋水のごとく明らかなりき。
「浣花渓」(かんかけい)は、固有名詞のように使いますが、花を洗うような花びらいっぱいの渓谷、という、ほとんど普通名詞だと思ってください。「卿卿」(けいけい)は親しい女性への二人称。「臉波」の「臉」はもともと「瞼」(まぶた)と同じ意味ですが、「臉波」は顔の中で波のように動くところ、の意で、「頬」。
花咲くあの谷で、あなたと初めてあったのだった。春なのに、あなたのほほは秋の水のように白く清らかだった。
黛眉軽、緑雲高綰、金簇小蜻蜓。
黛眉(たいび)軽く、緑雲高く綰(わが)ね、金と簇(あつ)まれるは小蜻蜓。
一闋目と一字だけ字数が違います。ここをどう歌いこなすのか、歌い手の技量の見せ所だ。いずれにせよ、作者の何らかの思いのこもった箇所、ということです。「緑雲」は「みどりの黒髪」です。これが高く丸まげに結われている(横に流していない)。「小蜻蜓」(しょうせいてい)は小さい、とんぼの形をした髪飾り。これが金ぴかで髪のまわりを飾っている。
眉にはまゆずみを軽く引き、緑の黒髪は高くまげを結い、その周りには小さなとんぼの形をした金色の髪飾りがたくさんゆらゆらしていた―――。
好是問他来得麼。和笑道、莫多情。
好し、これ他に問え、来るを得る麼(か)、と。和笑して道(い)わん、多情なること莫かれ。
ちょうどいい、あいつ(その時の自分、というようなイメージだと思います)に訊いてごらん、「(約束どおり)会いに来てくれますか」と。(おれは)にこやかに笑って言おう、「(必ず会いに来るから)浮気してるんじゃないぜ」と。
いいね!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
宋・張泌「江城子」(かわべりの町のひと)二闋(宋・欧陽炯編「花閒集」所収)。眠りから起きてもやることがない。明日の会議もこんなことになるでしょう。さて、その時、古い恋の痛みを思い出したりするのでしょうか。(苦笑)
こういう仕事をしている時には寝てばかりいてはいけないんでしょうね。あまり向いてなさそうです。
コメントをどうぞ