秋雨過楓橋(秋雨、楓橋を過ぐ)(「樊川文集」)

秋雨が、過ぎるのか、秋雨に、過ぎるのか。

どろどろに溶けるまで煮られる魔女風呂だ。温まるぞ。

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唐の時代です。

長洲苑外草蕭蕭、却算游程歳月遥。

唯有別時今不忘、暮煙秋雨過楓橋。

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唐・杜牧「懐呉中馮秀才」(呉中の馮秀才を懐う)(「樊川文集」所収)。如何にも唐詩らしい骨太の一首です。雄渾、というんですかね、男らしい歌だな。わっはっは。
こんな詩読むと「やっぱり漢詩はいいなあ」と思いますよね。作者も馮秀才も現実のいろんなことを抱えていたろうし、あるいは人格にも問題があるような人だったかも知れません。少なくとも杜牧は問題のある人だったようです。だが、詩の中では詩人とその友人という記号になってしまって、美しいではありませんか。ああよかった、よかった。これなら複数のことに全力を尽くせることでしょう。
別れた時のことだけ覚えているというのは、まだらぼけなのではないと思われます。

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