後漢正月旦(後漢の正月旦)(「宋書」)

「宋書」というのは六朝の方の宋の史書です。10世紀の方の宋の史書は「宋史」です。

何を残さず食べるのであろうか。われわれか。ブタが資本家を演ずるパフォーマンスかも知れません。

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後漢正月旦、天子臨徳陽殿受朝賀。

儀礼的な挨拶が終わると、

舎利従西方来、戯於殿前。激水化成比目魚、跳躍嗽水、作霧翳日。

このお骨は、西方の聖人(お釈迦か?)のものと言っていた。

畢、又化成黄龍、長八九丈、出水遊戯、炫燿日光。

それに見とれているうちに、

以両大糸縄繋両柱頭、相去数丈、両娼女対舞、行於縄上、相逢切肩而不傾。

「切肩」という表現がわかりずらいのですが、肩と肩とをすれ違わせる、というようなことでしょう。

これは後漢のころで、魏や晋のころは、これに加えて

夏育扛鼎(超古代の怪力の賁育という男がなべを持ち上げる)
巨象行乳(でかいゾウが乳をやる?)
神亀抃舞(神秘のカメが手を拍って踊る)
背負霊岳(霊岳を背中に背負う)
桂樹白雪(桂の木に白雪が降る?)
画地成川(地面に線を引くとそこが川になる)

といったパフォーマンスが行われた。

晋の成帝の咸康七年(341)に至って、民に風俗を示すのによろしくない、として、雑伎の類を除き、音楽だけにしたそうである。

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「宋書」巻十九「楽志」一より。正史に書かれている本当のことなのです。正月早々なんと不真面目なことでしょうか。
岡本全勝さんが秋の園遊会に行ったようです。園遊会は真面目ですね。・・・なんと、両陛下からお言葉をいただいたとは。幻覚かも。

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