貙人野女(貙人、野女)
人間世界には人間を人間扱いしない人も多いという。人間世界に長くいるのはムリがあるかも知れない。二三日が限界かも。

朝になったらシアワセになっている夢を見て、寝るでメー。もう起きてこないかもでメー。
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三世紀ごろのことですが、
江陵有貙人。能化為虎、俗又曰虎化為人。
江陵に貙人(ちゅじん)あり。能く化して虎と為り、俗に又曰う、虎の化して人と為るなり、と。
今の湖北の江陵の地に、貙(猛烈なトラ、猛虎をいう)族という少数民族がいる。彼らは、トラに化けることができるということじゃ。
ひとびとが言うには、「そうではない。トラが化けて人間になっているのが、彼らだ」と。
好著紫葛衣、足無踵。
好んで紫葛の衣を著(き)、足に踵無し。
「彼らは好き好んで紫のつる草を編んだ衣を着ている。よくよく見れば、足にかかとが無ければ、やつらだ」
少数者を排除しようという感じがありありですね。
日南有野女。群行覓丈夫。
日南に野女有り。群行して丈夫を覓(もと)む。
北ベトナムのあたりに野女という集団がいる。集団で行動して、男性を探し求める。
其状皛且白、裸袒無衣襦。
その状、皛(きょう)かつ白、裸袒して衣襦無し。
「皛」(きょう)は、「明るい」「ぴかぴかする」、「袒」は「はだぬぎ」で、上半身を露出すること、「襦」(じゅ)はセパレーツの「衣」の上半分。要するにトップス。
彼女らの姿は、(肌が)ぴかぴかして白く、上半身も下半身も裸で、どんな服も着ていないんじゃ。
これは、筆者は、もしかしたらロマンチックな好感を持って書いているかも知れません。
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晋・張華「博物志」巻二より。「原始的だ」「非科学的だ」「ルッキズムだ」などと言って怒ってはいけません。まだ三世紀のひとなんです。こっちではヒミコとかイヨとかがぴょーんと飛び上がって「そやつはつちぐもじゃ」とか託宣している時代なんです。
それから八百年ぐらいして、宋・周密の「斉東野語」によると、
南丹諸蛮、皆居窮崖絶谷間、有獣名野婆、黄髪堆髻、跣足裸形、儼然一媼也。
南丹の諸蛮は、みな窮崖絶谷の間に居り、獣の野婆と名づける有り、黄髪にして堆髪、跣足にして裸形、儼然として一媼なり。
広州よりさらに南の方の蛮族たちは、みな山岳の端っこの崖や交通の絶えた渓谷に住んでいる。その地方には、「野婆」(やば)というケモノがいて、髪の毛は色あせて黄色か白、頭の上に束ねていて、はだしで丸はだか、どうみてもただのばばあである。
其群皆雌、無匹偶、毎遇男子、必負去求合。
その群みな雌、匹偶無く、男子の遇うごとに、必ず負い去りて合を求む。
その集団はみんなメスで、男性がいない。人間の男を見かけると必ず担ぎ上げて拉致し、合体することを求めるのである。
と、だいぶん好意的ではなくなってきています。人間ではないという整理なんですね。もしかしたら「野女」と「野婆」は違う生物なのかも知れませんが、だいたい同じであろう。現実世界にロマンを求めるのは、やはり無理があるということではないだろうか。
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