大魚入港(大魚港に入る)(「焚書」)

海の見えるところだと、でかいことを言い出す人が多いような気がします。なんとなく。

ちゃんと勉強しないと↓こんなことを言い出す大人になってしまうぞ!

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明の時代のことです。

予家泉海、海辺人謂予言、有大魚入港、潮去不得去。

彼らは、

呼集数十百人、持刀斧、直上魚背、恣意斫割、連数十百石。

この「石」は容量か重量かわかりずらいのですが、どうせいい加減な話なのでどちらでもいいでしょう。重さの単位とすると一石≒72キログラムです。

だが、

是魚猶恬然如故也。

「くすぐったいのう」
みたいなことでしかなかったのです。

俄而潮至、復乗之而去矣。

然此猶其小者也。乘潮入港、港可容身、則玆魚亦苦不大也。

予有友莫姓者、住雷海之濱、親為我言、有大魚如山、初視、猶以為雲若霧也。

ところが、

中午霧尽収、果見一山在海中。連亘若大行、自東徙西、直至半月日乃休。

ちなみに「莫」は「~無し」の意味ですから「そんやつはいないやつ」です。「雷海」という海も存在しません。

則是魚也。其長又奚啻三千余里者哉。

一里≒600メートルで計算して、2,000キロぐらいですかね。
この魚は豪傑の士の比喩であり、豪傑の士が郷里でどう扱われるか、というお話が続くのですが、それはまたのお楽しみ。

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明・李卓吾「与焦弱侯」(焦弱侯に与えた手紙)(「焚書」巻一所収)より。休日のみならず平日から忙しく海の見えるところに行っていたのででかい心になったのですが、もう帰ってきたので月曜日からのことをくよくよと悩んでおります。ああ、もうダメだ。行ってきたところはまたご報告します。

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