薙除殆尽(薙除して殆ど尽く)(「桐橋倚棹録」)
やがて破壊的イノベーションが外部から来ます。なるほど、この説明はよくわかりました。

希少価値があるとお役人が来ますよ。
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蘇州にはかつて「白雲茶」という茶葉がありました。
僧房皆植、名聞天下。
僧房みな植え、名、天下に聞こゆ。
お寺や塔頭はどこでも植え、その名声は天下に聞こえておりました。
穀雨前摘細芽焙而烹之、名雨前茶。其色如月下白、其味如豆花香。宋人呼為白雲茶。
穀雨前に細芽を摘みて炙りてこれを烹るを、雨前茶と名づく。その色月下の如く白く、その味は豆花の如く香る。宋ひと呼びて「白雲茶」と為せり。
(この茶葉は、)春先の穀雨節の前に、小さな葉の芽が出てきたところを摘み取って、焙って乾燥させる。これを淹れるのをもともと「穀雨前の茶」と呼んでいた。
煮出すと茶葉はまるで月光のように真っ白なり、豆の花のような香りを放つ。宋代のひとたちがこの茶を「白雲茶」と名づけたのである。
色、味、香、韵、無可比擬、茶中王也。
色、味、香、韵、比擬すべき無く、茶中の王なり。
色も味も香りも奥深さも、比べられるものがなく、まさに「茶の中の王」であった。
ところが、
明時例、歳有司以此申饋大吏、詣山采制、胥皂騒擾。
明時の例として、歳に有司これを以て大吏に申饋せんとし、山に詣りて采制し、胥皂(しょそう)騒擾す。
「胥」(しょ)は「ちっぽけ」というような意味で、役所の下っ端の事務方(官ではない)をいい、「皂」(そう)はよく見れば納得できますが、どんぐりの象形文字。どんぐりのような黒色の意味を持ち、漢代の下僕がこの色の服を着ていたので、役所の下働きで肉体労働をするようなやつのことを言います。
明代になると、毎年の例として、(蘇州に赴任してきた)お役人たちが、首都の大官のみなさまへの贈り物にするようになり、山中に入ってきて勝手に採取する場所を決め、下っ端の事務員や下僕が大騒ぎして収穫していくようになった。
もちろん、そのたびに役人たちは当たり前のように饗応やら挨拶品を求めた。
守僧不堪、薙除殆尽。
守僧堪えず、薙除して殆ど尽きたり。
管理している僧侶たちはあまりの面倒さにイヤになって、植えてあった茶を薙ぎ払ってしまい、白雲茶をほとんど絶滅させてしまったのである。
これで毎年の騒ぎは無くなりました。役人たちのおかげで、コロンブスの卵のような破壊的イノベーションが起こったのです!
現代(清の時代)になりますと、
聞今猶有萌蘖茁坳間。
聞く、今もなお萌蘖の坳(おう)間に茁(さつ)する有り、と。
今でもなお非栽培種が、窪地などに芽ぶくことがあるということである。
これは、たいへん希少なものとして扱われております。
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清・顧禄「桐橋倚棹録」巻九より。我が国でも廃仏毀釈とか戦後進駐軍が来るというので石碑を埋めたり削ったりなどの破壊的文化活動を何度かしてますから、そろそろはじまるかも。イノベーションではないですが。
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