天機所発(天機の発するところなり)(「明語林」)
わたしもそうなんですが、ここでは明の顔山農のことを称して自由思想家と言ってみました。陽明学左派に属し人間の欲望を全肯定し、貧者の側に立って「儒侠」と称した、といえばかっこいいんですが、社会秩序を崩壊させるとして詐欺の罪に問われて投獄、友人たちの努力で釈放された後、辺境に兵士として送られますが、現地司令官の参謀として活躍、70歳になって許され、帰郷、以後九十数歳で亡くなるまで著述に勤しんだという。

ニャぞ
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顔山農読書、不能句読、而好以意穿鑿文義、為奇邪之談、間亦洒然可聴。
スマホからのアップ、今日からめんどくさいので読み下し文を省略します。
顔山農は古典を読むに当たって、ちゃんとした文章の区切りがわからなかった。しかし、気持ちで以て文章の意味をよく推測して、変わった正統でないことを語っていた。そのなかにはすっきりとして傾聴すべきものもときどきあった。
浅中無識之士、或趨附之。
中身の浅い何も知らないやつの中には、あるいは彼の方に走り寄って引っ付いていたやつもいた。
こんなことも言っていた。
貪財好色、皆天機所発。但不可着以成固我。
「カネに夢中で、女が大好き。これらも全部人間のなかの天性の仕掛けが発現したものじゃ。ただ、何かに固着してしまってはいかんというだけのこと」
こんなこと言ってたので、ある時、
挟詐人財、官捕笞論戍。
人の財産を詐取しようとして捕まり、笞ん加えた上、辺境の兵士にされたのである。
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清・呉粛公「明語林」巻十三より。パソコンの方はどんどん悪くなってくるし、まだ命令してくるやつもいるので、だんだんおもしろくなくなってきたのでそろそろ謀叛でも起こそうかという気持ちが湧いてまいりました。いよいよ陽明学左派になるしかないかも。明日もこの人の話にする予定。
お、全勝さんが「綸言如汗」を使ってますね。引用適当というべきか。
「綸言」は、王のことばは繭から引き出した糸(綸)のように元(の繭)には戻らないことを喩えた礼記の語ですが、汗の如しは、かつて幼い皇帝(漢の元帝)が弟に葉っぱの詔書で楚王に命ず、と言う。ままごとのようなことなのですが、それを知った賢者・劉向が深刻な顔をして「号令汗の如し」(王様の言葉は汗のように一度出てしまえば引っ込まない、臣民に疑わせてはならないのですぞ)と教え諭して、実際に楚王に任命させた、という(漢書・楚元王伝)。王者の責任の重さとか公定力を言ってるんだと思うのですが、子供のやってることなんだからめくじら立てなくても・・・。この総理も子供程度の認識なんでし(以下略)
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