少耐区処(少しく区処に耐えよ)(「宋稗類鈔」)
居眠り起こされたら不機嫌になって当たり前なのに、フキハラの疑いが? もうガマンできません。

スズメバチさまほどの力はなくとも、一寸のわしにも五分の魂じゃ、ついに反抗ののろしを・・・
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南宋の時代、金との戦端を開いた権臣・韓侂冑が敗戦で追い込まれたとき、クーデタで韓を殺し、その首を金帝国に送って屈辱的な和議を結んだ史弥遠(し・びえん)というこれまた権臣がいます。
金への反乱軍を率いて南宋に亡命してきた李全が、淮東で史弥遠政権に見切りをつけてモンゴル側に寝返ったとき(宝慶・紹定年間、1230年前後です)、
史弥遠在廟堂、束手無策。有訛伝全軍已渡江、過行在、京師人民惶惶。
史弥遠、廟堂に在るも束手して策無し。全軍すでに江を渡りて行在を過ぎると訛伝有りて、京師人民惶惶たり。
史弥遠はこのとき廟堂にあって宰相として政務をとっていたが、(もともと有能な人でも無いので)事態の変遷に手を束ねるばかりで対応できなかった。すでに李全の全軍が長江を渡り終え、上流の行在(あんざい)を過ぎて、間もなく都・臨安に到着するらしいというデマが飛び、都の人民たちはパニック状態であった。
そんなある日、
弥遠夜半忽披衣而起。有愛寵林夫人見其意似非常、亦推枕随之。
弥遠、夜半忽ち衣を披きて起く。愛寵有るの林夫人、その意の非常なるがごときを見、また枕を推してこれに随う。
史弥遠は、真夜中に突然布団から起き出してた。寵愛されていた林夫人が、あんまり異常な雰囲気に見えたので、枕を外して後を追った。
すると、
忽見弥遠欲投池中、林急扶起。
忽ち弥遠の池中に投ぜんと欲するを見、林急ぎ扶起す。
すぐに、弥遠が中庭の池の中に飛び込もうとしているのを見たので、林夫人は急ぎ駆け寄って弥遠を抱え込んだ。
「どうせ、どうせみんな死ぬのじゃ」
と涙を流す弥遠に、
泣告曰、相公且少耐区処。
泣きて告げて曰く、「相公しばらく少しく区処に耐えよ」と。
「区処」というのは、棲み処とか家という意味のくだけたコトバです。
林夫人も泣きながら言った、
「大臣さま、もうしばらくだけでもこの家でガマンしてくださいまし」
と。
それからの史弥遠は誰とも口を利かず一日中ふさぎ込んでいた。フキハラである。だがフキハラは我が国独自の用語らしいので、史書にはそうは書いてありません。
数日後、得趙葵捷書。
数日後、趙葵の捷書を得たり。
数日後、将軍の趙葵から李全軍を打ち破ったとの勝利の連絡が届いた。
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清・潘永因「宋稗類鈔」巻六「憂悔篇」(後悔して憂鬱になるシリーズ)より。よかったです。一日0~3時間しか寝てないとおかしくなってきますからね。
わしも切れずにもう少しここでガマンしてみることにしよう・・・かな。
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