天河顕晦(天河の顕晦)(「清嘉録」)
夜ぐらい起きて無窮の星空を見上げ、天の意志を感じたまえ。月曜日がイヤでしようがないだろうが、そんな小さなことは(金曜日のうちは)忘れてしまえるだろう。わはは。
今年は8月19日が七夕でした。もちろん旧暦です。この時期の初秋の夜空が七夕の空です。確かに見上げてみたくもなるではありませんか。梅雨真っ只中の7月7日の夜空ではありません。

空のはるか向こうからは、また台風来てるみたいです。危機管理が必要だ。
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五色の短冊は七夕の夜にお星さまが空から見てるものですが、我々の方は七夕の後にお星さまを見なければならないのである。いにしえより言う、
七夕後、看天河顕晦。
七夕の後、天河の顕晦を看る。
七夕が過ぎた後に、天の川がはっきり見えるかぼんやりとしか見えないかを観察せねばならない。
と。どうしてそんなことをするかというと、
卜米価之低昂。
米価の低昂を卜するなり。
(秋に稔る)新米の値段が安いか高いかを予測するためである。
謂晦則米貴、顕則米賤。
謂う、晦なれば米貴(たか)く、顕なれば米賤(やす)し、と。
俗に言うに、「天の川がぼんやりとしか見えないなら、米価は高くなり、はっきり見えれば安くなる」と。
ほんとうでしょうか。
南宋末の戴石屏に「舟中夜坐」(わしは舟の中で夜座っておった)という詩がある。
独坐観星斗。一襟秋思長。
天河司米価、太乙照時康。
独り坐して星斗を観る。一襟、秋思長ぜり。
天河は米価を司どり、太乙は時の康なるを照らす。
ひとり、舟の上に座って、北斗星その他の星を見ていた。わしの襟のあたり(つまり胸の中)に秋の来たことへの思いが大きくなってくる。
(個人的な思いは別として)天の川はコメの値段を決め、太一(北極星)は平和な時代に光を投げかけているのである。
宇宙の意思を感じるなあ・・・という詩なのですが、これを読むに、
此語流伝已久。
この語流伝已に久し。
「天の川を見れば米価がわかる」という言い伝えは、もうずいぶん昔からあるのである。
南宋末(13世紀)から現代(清の時代)まで500年以上も伝えられていることだというのがわかります。ほんとかどうかは知りませんが。
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清・顧禄「清嘉録」巻七より。みなさんは天の川がはっきり見えましたかどうですか。今年の米価はどうなるのかなあ、われら消費者の生活は如何に、生産者のお百姓さんの経営は成り立つのか、もう米価審議会は決めてくれないので、天の川で決まります。
・・・と、白々しく言ってみましたが、今年は安価なんだそうで、生産者は困っているようです。コメが安いのも危機管理が必要なのかも。
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