錣上貫頤(錣、上に頤を貫く)(「淮南子」)
しかし一週間単位以上の中長期的な問題は、沈思黙考しても解決できないんです。もうダメだ。

なんかむっつり考え込んでいるように見えるけど、おびきよせて毒でぶちゅ、という作戦かも知れませんゼ。
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紀元前5世紀、春秋の時代のことですが、
白公勝慮乱罷朝而立。
白公勝、乱を慮り、朝を罷めて立てり。
楚の王族である白公・熊勝(ゆうしょう。楚の王族の姓は「熊」)は、謀反を起こすべきかどうか悩んで、家臣たちとの会議を取りやめ、一人で突っ立っていた。
倒杖策、錣上貫頤。
策を倒(さかし)まに杖し、錣、上に頤を貫く。
「錣」(てつ、てい)は我が国では「しころ」と訓じ、かぶとの背後に頸筋を守るために垂らす防具を言いますが、本来の意味は馬を御する時に使う「策」(むち)の先に付ける金具のことです。この金具は、ウマのお尻を突っついたりするために尖がっている。
白公勝は策(むち)を逆さまにして杖にしたまま立ちつくしていたので、策の先っぽの金具が上向きに彼のあごに食い入って口の中に突き抜けてしまった。
かなり痛そうです。だが、
血流至地而弗知也。
血流地に至るも知らざるなり。
血が流れて地面まで落ちていたが、気づかなかったのだった。
それほど深く悩んでいたということである。
最終的に謀反を起こすことにしました。だが、白公勝に援助を求められた鄭の国の重臣たちは言った、
頤之忘、将何不忘哉。
頤をこれ忘る、はた何をか忘れざらんや。
---ご自分のあごから血が流れても気づかないのだ。いったいどんなこと(約束など)であれば思い出すであろうか。(何事も思い出さないであろう。)
かくして援助は得られず、謀反は失敗したのである。それぐらいマジメに考えている、とは受け取ってもらえませんでした。
さて、
此言、精神之越於外、智慮之蕩於内、則不能漏理其形也。
これ、精神の外に越し、智慮の内に蕩すれば、すなわちその形を漏理する能わざるを言うなり。
このことは、精神が自らの心身の外にまで散らばってしまい、智慮が心身の中で沸き立つぐらい考えこんでしまうと、その外形をコントロールすることができない、ということを説明しているのである。
是故、神之所用者遠、則所遺者近也。
これゆえに、神の用うるところ遠ければ、すなわち遺(わす)るるところ近きなり。
ということで、精神を遠いところに使用すると、近いところのことには気がつかないものなのじゃ。
老子曰、不出戸以知天下。不窺牖以見天道。其出彌遠、其知彌少。
老子曰く、戸を出でずして以て天下を知る。牖を窺わずして以て天道を見る。その出づるいよいよ遠ければ、その知るやいよいよ少なし、と。
老子がおっしゃっておられる。
―――家の扉から出ないでいても、天下のことを知ることができ、壁の明かり採りの窓から外を覗かないでも、宇宙の動きは観察することができる。外に出て遠くへ行けば行くほど、得られる知識はどんどん少なくなってしまうのじゃ。
と。
此之謂。
これ、この謂いか。
このコトバはこのことを言っているのだ。
「老子」は第47章、その後続きがあって、
是以聖人、不行而知、不見而名、不為而成。
是を以て聖人は、行かずして知り、見ずして名づけ、為さずして成る。
こうやって、聖人は、現地に行かなくても知り、実見しなくても分類分けができ、行動しなくても意図を果たす。
引きこもりでもいける、ということではない、と思います。
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漢・劉安編「淮南子」巻十二「道応訓」より。おれ、あほやからあんまりようわからへんねんけど、あんまり考えたらあかんのやわ。あっぱっぱーとしとったらええんやと思う。いや、ダメだ、こんなにマジメに考えているのに解決策が無いのだ、絶望だ。いやいや、考えない方がええで。いや、そんなことはない・・・と、こんなことで悩んで、ストレスで体重増です。ああもうほんとにダメだ。
著作物を無断で解釈してばらまくのは権利侵害だとするとこのHPもまずいかも。今日も淮南王・劉安さまの著作を勝手に解釈してばらまき。そろそろあの世裁判所から呼び出し来るかも。
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