多素心人(素心の人多し)(「陶淵明集」)
いつまでも東京にいるとオロカ者だとばれてしまいますので、そろそろ引っ越しした方がいいかも。

タコと思ってなめるとまずいぞ。ヒョウモンダコは。
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昔欲居南村、非為卜其宅。
昔、南村に居らんと欲するは、その宅を卜するがために非ず。
以前から南村に移り住みたいと思っていたが、
それはそこが縁起のいい土地だからではありません。
この時代、すでに「風水」の術は始まっていたので、そういう占いでいいところだ、という理由ではない、と念押しをしています。
聞多素心人、楽与数晨夕。
素心の人の多きを聞き、しばしば晨夕をともに楽しまんとす。
正直な心の人が多いところだと聞いたので、
そんなひとたちと何度も朝晩のつきあいとともにして、楽しく生きたいと思ったからだ。
懐此頗有年、今日従玆役。
これを懐(おも)いて頗る年有り、今日この役に従う。
このことを思ってずいぶん年を重ねてきてしまったが、
今日、やっとこの用務(引っ越し)をすることができた。
敝廬何必広、取足蔽牀席。
敝廬は何ぞ広きを必せんや、牀席を蔽うに足るを取る。
ぼろっちい(我が)庵は、どうして広くなければならないのか、
ベッドと敷布団が雨風に当たらなければいいと思っております。
隣曲時時来、抗言談在昔。
隣曲、時時(じじ)に来たり、言を抗して在昔を談ず。
隣近所がしばしばやってきて、
話しているうちに興奮して、むかしあったことを語り合う。
奇文共欣賞、疑義相与析。
奇文ともに欣賞し、疑義も相ともに析す。
すばらしい文章ができたら一緒に喜んで褒め合い、
古典の疑わしい部分もともに分析しあうのである。
最後のはしなくていいかも知れません。こういうのをし始めると「オタク、どこまでご存じ?」と相手と知識量を競おうとしてしまいます。
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宋・陶淵明「移居(居を移す)」其の一。素心の人の多いところがいいですね。東京もいい人も多いのだが、たくさんいるのでもう疲れてしまいました。いまだに東京にいる理由は観タマの便宜のためだけだから、そろそろ卒業できるかも。
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