当知愧矣(まさに愧ずるを知るべし)(「不下帯編」)
もう月末。次はあれをしなければこれをしなければと焦っているうちにまた上旬が過ぎていくのだろう。

月末です。いつかおえらい人の椅子がひっくり返るのを見てみたいものだが・・・。でもなんでカシオペアは特急の名前にまでのしあがったのだろう。
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大理出石屏甚佳。
大理出だすところの石屏、はなはだ佳なり。
チャイナ雲南の大理で採れる石が大理石です。肌理も細かいし細工もしやすいし丈夫で美しいので、石柱や石板に仕立てられて建築物などに重宝されます。
大理で産出される石の板はたいへん良いものである。
清の時代、
官其地者、毎載以餉人、人亦多求者。
その地に官する者、つねに載せて以て人に餉(しょう)し、人また求むる者多し。
大理に赴任した役人は、お世話になった人・なる人のために、いつも大理石の石板を船などに乗せて北京や南京に送り出していた。また、求める人も多かったのである。
昔李邦伯独寄意於送行詩中、有云。
昔、李邦伯、独り意を送行詩中に寄せて、云う有り。
以前、李邦伯というひとが、大理に赴任する人に送った詩にこんな一節がある。
相思莫遣石屏贈、留刻南中恵政碑。
相思うに石屏を遣りて贈ること莫かれ、
留めて刻まん、南中の恵政碑を。
おまえさんのために考えてみるに、大理に赴任しても大理石の板を贈り物にして送り出してはいかんぞ。
その地に留めておいて、おまえさんが南の国(大理)で行った恵み深い政治の顕彰碑を刻んでもらうがいい。
可謂徳業相勧。
謂うべし、徳・業相勧むと。
これは、見事に、人間としての徳を磨くことと、行政の仕事をしっかりやるようにということとを、ともに励ましたコトバであるといえよう。
この詩を見れば、
彼索人宦貺物儀者、当知愧矣。
彼(か)の、人に宦貺物の儀を索(もと)むる者、まさに愧ずるを知るべきなり。
「宦貺物」(かんきょうぶつ)をぴったり言い表す言葉は、今の日本にはもう無いと思いますが、役職に就けたことを祝って(お礼に)関係者にばらまく贈り物、のことです。
官職への就任のお礼を自分にも持ってくるよう求めるひとたちが世の中にいるが、あいつらは恥ずかしいと思わねばならない。
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清・金埴「不下帯編」巻三より。あんなひとがえらくなるのだということを思えば、おそらく立派なひとは出世しないのでしょう・・・か。
言って相手が何か言う前に帰ってきたひとはまだいい方で、言って怒らせてきたのに「言ってきておいたから」と言うひといますよね。
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