不仮人力(人力を仮(か)らず)(「後山談叢」)
マジメに働いた人が報われるのはいいことですが、マジメにやってはならないこともあるのです。

しりこだまの無い者はカッパを恐れることはない。だがマジメに働いても、しりこだまが無くなることはない。
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北宋の末ごろのことですが、ある僧侶が、温公・司馬光が洛陽に営んでいた庭園である「独楽園」を散策した。
有地高亢、不因枯卉生芝二十余本。
地の高亢なるに、枯卉に因らずして生せる芝、二十余本有り。
高くなったところに、枯れた木に寄生しているのではなく、自ら地面から生えている霊草が二十数本生えていた。
「たいへん珍しく、縁起のよいものじゃぞ」
僧侶は庭園の世話をしている老圃(年老いた園芸師)を呼び、
蓋潤沢之使長茂。
なんぞこれを潤沢して長茂させしめざるや。
「どうしてこれに水をやって、もっと成長させてやらないのだ?」
老圃は言った、
天生霊物、不仮人力。
天の霊物を生ずるに、人力を仮りず。
「はあ? 天が縁起のいいものを生えさせているのでございますぞ。どうして人間の力を必要としましょうや?」
ぱん。
僧侶は膝を打って、言った。
真温公之役也。
真に温公の役なり。
「さすがは司馬温公が任せて行った係員じゃわい」
と。
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宋・陳師道「後山叢談」巻六より。一般論として、真面目に
「やります、やります、やります・・・」
と言って働かなくてもいい仕事がある、ということです。AIが来ても何もしなくていいなら負けません。
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