其名不善(その名善からず)(「蓬窗日録」)
今はいい名前になっている、ということです。

台風二つ一緒になってくるらしいです。いよいよ吹き飛ばされるか。
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いろんな本から参考情報を集めてきています。
―――そいつらは、
逮唐咸亨初、賀平高麗、稍習夏音、悪其名不善、乃更号日本。蓋取近日始升之義也。
唐の咸亨の初め、高麗を平らぐるを賀して、やや夏音を習い、その名の不善なるを悪みて、すなわち号を日本に更(か)う。けだし。日の始めて升るに近きの義を取れるなり。
唐の咸亨年間(670~674)の初め、唐が高麗を平定したのをお祝いに使いを送ってきた時、少しチャイナのかっこいい言語を勉強してきたみたいで、それまでの「倭」(ちっぽけなやつ、一応ニンゲン)という呼び名がイヤになって、国号を「日本」に変更してきたのである。つまり、その国の場所が、日の昇る場所に近い、ということを言いたいとの考え方である。
だが、こちらの国には過去のことを覚えている人たちがたくさんいた。
先秦時遣方士徐福将童男女数千人、入海求蓬莱山、不得。惧誅止夷澶二洲、号秦王国属倭奴。
先に秦の時、方士・徐福に童男女数千人を将(ひき)いて遣わし、海に入りて蓬莱山を求めしむるも、得ず。誅を惧れて夷(い)・澶(せん)二洲に止まり、「秦王国属倭奴」と号せり。
かつて、秦の時、方術士の徐福に男の子・女の子合わせて数千人を引き連れて、東海の蓬莱山を探しに行かせたが、たどりつくことができず、帰って始皇帝に殺されてしまうのがコワくて、彼らは東海の夷洲・澶洲に止まった。その時、「秦王さまの国の属国・ちっぽけやっこ」にござります、と名乗ったのである。
故中国総呼之曰徐倭。非日本正号也。
故に中国総じてこれを呼びて「徐倭」と曰う。日本は正号に非ざるなり。
そういうわけで、チャイナのひとはみんな、その国を「徐氏の支配する倭国」と呼んでいる。「日本」というかっこいいのは、正式の名前ではないのである。
また、
其性多狙詐狼貪、往往伺得間則肆為寇掠。故辺海復以倭寇目之、苦其来而防之密也。
その性、狙詐・狼貪(しょさ・りょうたん)多く、往往にして間を伺い得ればすなわちほしいままに寇掠を為す。故に辺海「倭寇」を以てこれを目し、その来たるを苦しみてこれを防ぐこと密なり。
この人たちの性格は「てながざる」のように相手のすきを窺い、「おおかみ」のように利益を貪り尽くすことが多い。往々にしてスキがあると見込めば、好き放題に攻撃して略奪する。そこで、海辺の地方では「やまと海賊」という種類だと考え、彼らが来るのに苦しみ、彼らが近寄らないように密に防備しているのである。
「なんだと、おれたちを「てながざる」のようだと!」
「わたしたちを「おおかみ」だというのね」
と深い憂慮を表明する前によく考えてみると、(国内で)「相手のすきを窺い、利益を貪り尽くす」というのは新自由主義以降我々が目指している「国是」そのものではありませんか。
「お誉めに与かり、恐悦至極なり」
と答えるべきにあらずや。
あんまりこんなこと言っているとほんとに反日ブログだと思われると困りますね。おそらくかなりまっとうな愛国者なのだが。
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明・陳全之「蓬窗日録」寰宇巻二より。国号はこんな感じですが、国旗は幕末、国歌は明治の新伝統なんで、わたしはどちらも好きですが、先祖代々の身に沁みついたものではありません。損壊の行為ではなく意志を罰せられるのはホントは無理筋だと思います。だが衆を以てするならばそれでいいので、抗う意図はありません。だけどもし「すべ」があったらどうしようかな。ネクタイ・スーツ・革靴と、ふんどし一丁で「てやんでえ、かかあがよう」「あらおまいさん、なんだって」と人前でケンカしたりするのと、どちらが伝統的なのであろうか。
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