貴少賤老(少を貴び老を賤しむ)(「後漢書」)
歳をとって足が弱っているのでやられても逃げられません。若くて元気のあるやつらはよろしい!

今日はいい天気で「天気がよくてよろしい!」でしたが、明日ぐらいから雨になるかも。
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戦国末の東胡族は漢の初めごろに匈奴にやられて、チャイナ東北部の烏桓山に逃げ込んだ。そこで、この部族を後漢のころには「烏桓」(うがん)族と呼ぶようになったのである。
彼らは、
俗善騎射、弋猟禽獣為事、随水草放牧、居無常処。
俗、騎射を善くし、禽獣を弋猟(よくりょう)するを事と為し、水草に随いて放牧して、居るに常処無し。
一般に騎馬と弓射が得意である。鳥やケモノをいぐるみ(後ろに縄をつけてあって、エモノをからめとるタイプの矢)で狩猟するのを主たる生き方にしている。家畜類の放牧も行っており、このため水と牧草を求めて彷徨するので、定まった居所というものがない。
以穹廬為舎、東開向日。食肉飲酪、以毛毳為衣。
穹廬(きゅうろ)を以て舎と為し、東開して日に向かう。肉を食らい酪を飲み、毛毳(もうぜい)を以て衣と為す。
移動式テントの「パオ」を家にしており、入口を東側、日の昇る方に向けている。食べ物は(穀物は無く)肉を食べ、ヨーグルトなど乳製品を飲み、毛や長い毛の織物を服にしている。
そして、
貴少而賤老、其性悍塞、怒則殺父兄、而終不害其母。
少を貴び老を賤しみ、その性は悍塞、怒ればすなわち父兄を殺すも、ついにその母を害せず。
若者を尊敬し、老人を蔑視する。彼らの性質は怒りっぽくて他者を理解できず、怒ってしまうとおやじや兄貴でも殺してしまう。しかし、おふくろだけは殺さない。
「やっぱりおかあさんが大好きなのね」
「おふくろも殺っちまえばいいのに」
「おやじや兄貴をぶっ殺すとその弟やら息子やらにかたき討ちされるのでは」
と疑問に思うと思いますが、
以母有族類、父兄無相仇報故也。
母を以て族類有りて、父兄は相仇報する無きが故なり。
おふくろ方で親族関係ができあがっているので、おやじや兄貴が殺られたからといって仇を討つという風習が無いからである。
とのことです。合理的ですね。
その指導者は、
有勇健能理決闘訟者、推為大人。無世業相継。
勇健にして能く闘訟を理決する者有れば、推して大人(たいじん)と為す。世業に相継無し。
勇敢で真っすぐな心を持ち、族員同士の争いや訴えをうまく裁きおさめてくれるひとがいると、誰からともなく推薦しあって、「大人」(指導者。王)に担ぎあげる。世襲で仕事を引き継ぐことはない。
大人有所召呼、則刻木為信、雖無文字、而部衆不敢違犯。
大人の召呼するところ有れば、すなわち木を刻みて信と為し、文字無しといえども、部衆敢て違犯せず。
この指導者・大人が部族の者を呼び集める用があるときには、木に記号を刻んでこれを送る。すると、文字は無いのだが、部族の者たちはその指令に背こうとする者はいない。
なお、原始的なやつらだ、と思っていると、
大人以下、各自畜牧営産、不相徭役。
大人以下、各自に畜牧して産を営み、相徭役せず。
大人以下、みんなそれぞれが牧畜を行って生産しており、互いに労働力を奉仕させたり、税金を取ったりすることはない。
無税とは進んでいる!・・・かと思ったのですが、失礼しました。現代はいかに巧妙に働かせたり納税させたりするのが社会の指導者たちの能力とされる時代でございます。だとすればなんと後進的な社会であろうか。導いてやらねばなりませんね。
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「後漢書」巻九十「烏桓鮮卑列伝」より。父兄をぶっ殺すなど元気があっていい感じもします。この後、嫁のもらい方の記述があって、それも元気があってよろしいのですが、そんなこと言ってると怒られてAIによる分析によって追放されるかも知れないので、これについてはまた今度、慎重にご紹介の可能性を探ってまいりたい。全勝さんHPはまた入りにくくなってますね。
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