終身無過(終身過ち無し)(「萍洲可談」)
毎日毎日まちがいばかりです。なんとかしてほしい。

慰霊の日にまでヤジりまくるのは如何なものでしょうか。ヤジや落書の無い国も如何かと思うので、一人一言ぐらいで止めておけば。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
北宋の時代のことですが、
駙馬都尉李端愿、居戚里最号恭慎。既失明、猶戒励子弟、故終身無過。
駙馬都尉・李端愿、戚里に居りて最も恭慎と号せらる。既に明を失うも、なお子弟を戒励し、故に終身過つ無し。
「駙馬」(ふば)は「副え馬」のことですが、特に皇帝の馬車を牽く馬の予備、あるいは予備の馬車のことを言い、これを司る隊長が「駙馬都尉」です。漢代以来、皇帝の娘(公主さま)の夫がこの職に任ぜられるものとされ、「駙馬」といえば(ウマではなくて)「皇帝の婿」の別称にもなりました。
駙馬都尉の李端愿(り・たんげん)さまは、外戚の中で最も恭順で慎み深い、といわれておられた。老齢になられて失明されたが、その後も(自分は引退したが)子どもや甥っ子たちにおごり高ぶることのないよう常に戒め、また励まされたので、一族含めて身を終えるまで過ちが無かった。
時京師競伝州西二郎廟出聖水、治病輒瘉。
時に京師、競いて州西の二郎廟に聖水を出だし、治病すなわち瘉ゆ、と伝う。
「二郎」というのは「二郎真君」(「真君」は道教における神の称号)のことで、もともとがどんな人だったかについては諸説あるのですが、悪神を退治する強力な神仙で、「西遊記」や「八仙伝」でも大活躍し、唐宋代から現代に至るまでチャイナ各地で祀られてきている方です。
このころ、都・開封では州庁の西にある二郎真君さまの神社に湧いた水が、いろんな病気に効果があると口コミで評判になっていた。
李素不事鬼神、一日其子舎有病稚、家人竊往請水。
李もと鬼神に事(つか)えざるに、一日その子の舎に病稚有りて、家人竊(ひそ)かに往きて水を請う。
李端愿は以前から精霊や神仙に何かを頼むことを許さなかったのだが、ある日、李の子どもの家の幼児(李の孫に当たる)が病気になり、その家の人がそっと二郎さまの神社に行って、聖水を分けてもらってきた。
李聞大怒、即杖其子。
李聞きて大怒し、即ちその子を杖す。
李端愿さまはこのことを耳にすると、どえらくお怒りになられ、すぐにその息子(幼児の父)を引きずり出して、杖でぶん殴った。
ぶん殴りながら言った、
使爾子果死、二郎豈肯受枉法贓故活之耶。若不能活、又何求。
爾の子をして果たして死せしむれば、二郎あにあえて枉法の贓を受くるが故にこれを活せんや。もし活する能わざれば、また何をか求めん。
「おまえの子が死ぬさだめにあったとしたら、二郎さまがどうして無理に違法なワイロ(お賽銭)を受けて生かしてくださるなどということをするはずがあろうか。生かしてくれないのだとしたら、一体何をお願いに行ったのだ!」
このことを耳にして、その「特別扱い」をにくむ心に感心しない者はなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
宋・朱彧「萍洲可談」巻三より。理詰めで言えば息子は「おれは知らなかった、なのになんでおれがぶん殴られるんだ、おやじのやり方はおかしい」とでも論じてマウントを取ることもできましょう。それぐらいの人であれば、志願兵制の矛盾を突かれても「職業差別」と言い放てるかも。もちろん現実の話ではありませんよ。
いずれにしろ、過ちの無い人はいいですね。なぜ庵主はこんなに気持ち悪くなるほど食べてしまうのか。それも毎日毎日である。
ところで、岡本全勝さんのHPが復活してました。早速新聞切り抜き読めてありがたい。そうか、海外だとすし職人は年収2000万円かなど。なお、この記事によると全勝さんの知り合いにはたいへんな「物知り」がいるらしい。こんな物知りだったら毎日食べ過ぎたりしないんだろうなあ。
コメントを残す