亦無恐怖(また恐怖(くふ)すること無し)(「夢渓筆談」)
進むも退くも同じだから何もしなくてもいいんですが。

雹はかなり痛いでぶー。
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北宋の尹師魯は大臣目前の直龍図閣(宮中の龍図閣に席を置いて、いつでも皇帝の命を受けられるよう待機すること)から地方に左遷されたが、その際、一僧侶と会話した。これからは静かに暮らしたいというようなことを言ったらしいんですが、これに対して僧侶は言った、
此猶有所懸、不若進退両忘。
これなお懸くるところ有るがごとし、進退両つながら忘るに若かず。
「それはまだどちらかにこだわるところがありますな。出世するのも隠退するのも、どちらも気にしないようにされるといいですな」
尹師魯は何やら理解するところあったようである。
後、少し罪を緩められ、河南の鄭州に移管された。この時、近くの南陽の太守は友人の范希文であった。
ある日、范希文のところに師魯から手紙が来た。
与希文正別、仍嘱以後事。
希文と正に別る、仍りて後事を以て嘱す。
「おまえさんとも本当にお別れのようじゃ。そこで、後の片づけは、おまえさんに頼んでいきますぞ」
特に病気のことなど聞いていなかったので、
「何を言っとるんだ、あいつは」
希文は信頼する掌書記(総務課長みたいな感じでしょうか)の朱炎に様子を見に行ってもらった。
炎老人好仏学。
炎、老人にして仏学を好む。
朱炎はもうだいぶん年寄で、仏教好きだった。
話が合うと思われた。
炎即詣尹、而師魯已沐浴衣冠而坐、乃笑曰、何希文猶以生人見待。
炎即ち尹に詣るに、師魯すでに沐浴し衣冠にて坐し、すなわち笑いて曰く、「何ぞ希文のなお生人を以て待たるるや」と。
朱炎がすぐに尹師魯のところに行くと、当人はすでに風呂に入って身を浄め、正装をして座って待っていた。そして笑いながら言うに、
「希文がわしを、まだ生きた人だと思って扱っておるとはなあ」
と。
与炎談論頃時、遂隠几而卒。
炎と談論すること頃時、遂に几に隠れて卒す。
朱炎としばらく普段どおり会話していたが、そのうち、いつの間にか机の陰で死んでいた。
「おお、お見事じゃ」
炎急使人馳報希文、希文至、哭之甚哀。
炎、急に人を使いて希文に馳報せしめ、希文至りてこれを哭すること甚だ哀なり。
朱炎はすぐに人を走らせて范希文に報せた。希文はやってきて、死者の枕もとで声を挙げて泣いた。その声ははなはだ悲しかったという。
すると、
師魯忽挙頭曰、早已与公別、安用復来。
師魯たちまち頭を挙げて曰く、「早くすでに公と別る、いずくんぞ用ってまた来たれる」と。
師魯は突然頭を持ち上げて言った、
「さっきすでにおまえさんとの別れはしたはず(手紙を送った)じゃが、どうしてまたやってきたんじゃ?」
希文驚問所以、師魯笑曰。
希文驚きて所以を問うに、師魯笑いて曰えり。
希文の方は生き返ったのでびっくりして、「どういうことだ」と質問した。師魯は笑いながら言った、
死生常理也。希文豈不達此。
死生は常理なり。希文あにここに達せざるか。
「おいおい、死ぬと生きるとは当たり前のこと、じゃぞ。希文はどうしてそこまで認識できていないのじゃ?」
「むむむ・・・」
又問其後事、尹曰、此在公耳。乃揖希文復逝。
またその後事を問うに、尹曰く、「これ公に在るのみ」と。すなわち希文に揖してまた逝けり。
それから、(よい機会だと)死後の始末について訊いたところ、尹はただ、「おまえさんのよいようにしてくれ」と言い、希文に向けて手を組んで袖を一回左右に振る「揖礼」を行って、また死んでしまった。
俄頃又挙頭顧希文曰、亦無鬼神、亦無恐怖。
俄頃にまた挙頭して希文を顧みて曰く、「また鬼神無く、また恐怖(くふ)無し」と。
すぐにまた頭を持ち上げて、希文の方を見て、希文がそこにいるのを確認すると、
「やはり、神さまや幽霊なんかいなかった。それに、やはり、何の苦痛も恐怖もないぞ」
と言った。
言訖遂長往。
言訖(おわ)りて遂に長く往けり。
そのコトバが終わるや、ついに完全に死んでしまったのである。
それにしても、ここまで至っていたのであるから、尹師魯はずいぶん修行したというべきであろう。
尚未能脱有無之見、何也。得非進退両忘猶存于胸中歟。
なおいまだ有無の見を脱せざるは、何ぞや。進退両忘を得るに非ず、なお胸中に存せるか。
それなのに、(鬼神がいない、とか、恐れることはない、とか)いまだに「有る」と「無い」を超越することができなかったのは何故であろうか。出世も隠退もふたつながらに忘れることができず、なお胸の中に何かこだわりが残っていたのであろうか。
後事を嘱する、なんてことがもう何かが残ってしまっている証しですよね。
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宋・沈括「夢渓筆談」巻二十より。沈括からみると、范希文とか尹師魯とかは五十歳ぐらい上だと思いますから、今の老人(例えば肝冷斎)が田中角栄とか立川談志とかの話(ふと思い出した、というだけで深い意味はないです)をしているような感じでしょう。ということは、かなり信ぴょう性が高い。つまり、むかしの人は、死んでも二回ぐらい生き返ったのだ。そんな人たちに死ぬことはあまり恐怖することでは無かったでしょう。
もしかしたらインターネットの将来さえ予想できたかも。わたしは無理、というより、あれよあれよという間に巻き込まれてここまで来ましたが。
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