6月3日 明日ヒマだと思ってたら仕事あった

去山澤游(山澤の遊びを去る)(陶淵明詩)

明日やろうとしていたことができません。もう全部うっちゃって逃げるしかないのか。よし、そうしよう。御迷惑かも知れませんがよろしく。うっしっし。

あられはウマいに違いない。人生どこにだって食い物はあるだろう。スーパーのバナナまた無くなっています。

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会社勤めを辞めて田園のふるさと帰ってまいりました―――

久去山澤游、浪莽林野娯。
試携子姪輩、披榛歩荒墟。

「浪莽」は、ぐしゃぐしゃになってて「よくわからない」という意味のオノマトペです。「荒れたむかしの村」(「ふるしま」)は怪異のある場所だと思われていたはずです。

徘徊邱隴間、依依昔人居。
井竈有遺処、桑竹残朽株。

借問採薪者、此人皆焉如。
薪者向我言、死没無復余。

ああ。

一世異朝市、此語真不虚。
人生似幻化、終当帰空無。

当たり前のことではないか、みんな知っているよ、と思いましたが、不老長生も夢ではない、という時代だそうなので、「おれは大丈夫」「わたしは永遠」と思っているやつがいるといけませんので、ご紹介しておきます。

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梁・陶淵明「帰園田居(園田の居に帰る)」其四。帰去来兮、と田園に帰った、その後の時期の連作詩です。人生はまぼろしのごとし。ほんとですね。正しい政策ができないのも、政策に正しいものが無いからかも知れません。つねに正しいことがまぼろしように変化していくのでは。

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