5月27日 居眠りして✕5してまいります

兵賊之象(兵賊の象なり)(「後漢書」)

今日は外回りの仕事から帰ってきて、疲れてしまっていたらしく夕方まで爆睡。それでもまだ眠いです。明日は金曜日・・・と思ったら木曜日。もう体力もたないです。精神力はもちろん。

深海では何曜日か気にならないよ。毎日がフレキシブルだ。消費税払ってないよ。

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後漢の楊由、字・哀侯は蜀郡・成都のひとである。

少習易、并七政、元気、風雲占候。

後、郡の官吏となった。

時有大雀夜集於庫楼上、太守廉范以問由。

答えて言った、

此占郡内当有小兵、然不為害。

後二十余日、広柔県蛮夷反、殺傷長吏。郡発庫兵撃之。

又有風吹削哺、太守以問由。

答えて曰く、

方当有薦木実者、其色黄赤。

頃之、五官掾献橘数包。

「哺」(ほ)は「肺」(はい)と音が通じるため柿(し)と連想したのであろう、ともいわれますが、正確なところはわかりません。

あるいは、

嘗従人飲、勅御者曰、酒若三行、便宜厳駕。

既而避去、後主人舎有闘相殺者。

「うまく逃げたもんですな」

人請問何以知之。

とある人が、どうしてそんなことを予知できたのか、訊いてきた。

答えて曰く、

向社中木上有鳩闘、此兵賊之象也。

そこで、楊由はあることに気が付いた。

「みなさんは、そんなことも知らないんですか」
と驚いて、

著書十余篇、名曰其平。

其言多験。

たくさん予言したそうです。特に小さな地域の問題には高い的中率を誇りましたが、天下国家のことを占わなかった。おかげで誰にも利用されず、

終于家。

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「後漢書」巻八十二上「方術列伝」上より。今、新しい法律やもろもろを見て、「兵賊の象でございますぞ」と予言(単に指摘?)をすると、内閣情報局で「なぜ知ってるんだ」とヒアリングされたりするかも知れないみたいです・・・いや、ウソです。そんなことはありません。

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