靄靄停雲(靄靄(あいあい)たる停雲)(陶淵明詩)
帰って来てひと眠りしてしまいました。

自分より大きなエモノを食ったヘビは、消化できるまで眠っているという。その賢明な生態から学ぶことは多い。ような気がする。
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南朝の宋の時代のことです。しばらく役所勤めをしておって、郷里に帰ってきました。そんなある日、雨が降って畑仕事にもいけないので昼間からアルコールを飲む。うへへ。
雲が空いっぱいに立ちこめ、まるで動いてないように見える状態が「停雲」。
停雲思親友也。罇湛新醪、園列初栄。願言不従、歎息彌襟。
停雲、親友を思うなり。罇には新醪(しんろう)を湛え、園には初栄(しょえい)を列(なら)ぶ。言(ここ)に願うも従われず、歎息襟に彌(わた)れり。
「雲がたちこめている」という詩を作ったが、この詩は、親友たちを思って作ったのである。(今や春となって)たるには昨年仕込んだ濁り酒がたっぷりできた。畑の草には花がつき初めている。(こんな時には、友人たちと一杯やりたいものだと思うのだがその)願いはかなえられず、わしは襟に広がるぐらい、長いためいきをついたのじゃ。
ここまでが「序」です。詩を作ることになった事情(なぜそうなったかの順序)が書かれています。ここから志(思うところ)を述べる「詩」になります。
靄靄停雲、濛濛時雨。
八表同昏、平路伊阻。
静寄東軒、春醪独撫。
良朋悠邈、掻首延佇。
四言詩ですね。
靄靄(あいあい)たる停雲、濛濛(もうもう)たる時雨。
八表同じく昏く、平路も伊(これ)阻(けわ)し。
東軒に静寄し、春醪独り撫す。
良朋は悠邈(ゆうばく)たり、首を掻きて延佇す。
ぼんやり見えるたちこめた雲、薄暗く降る時節に応じた雨。
(東西南北+その間の)八方向はどこも暗く、平らな道も通りずらい。(誰も来るはずはない。)
わしは東の軒端に静かに寄りかかり、この春醸したどぶろくを一人楽しんでいるのである。
良き友たちははるか遠くにおり、(さびしさを表す行為である)頭を掻きながら(来ないとわかっているのに)立ち上がって伸びあがってみたりしている。
めんどくさいので、以下、原文は一行で書いてしまいます。
有酒有酒、閒飲東窗。願言懐人、舟車不従。
酒有り酒有り、閒(そぞろ)に東窗に飲む。ここに願いて人を懐かしむも、舟車従わず。
酒はあるのじゃ。酒はあるのじゃ。やることもないので、東の窓べで飲んでいる。
その人を思って(会いたいと)願うが、舟も車も自由にはならない(ので会いに行くことも来てもらうこともできないのだ)。
人亦有言、日月于征。安得促席、説彼平生。
人また言う有り、「日月于(ゆ)き征(ゆ)かん」と。いずくんぞ席を促すを得て、彼(か)の平生を説(と)かん。
こんなことを言う人もおるのだ、「日も月も行ってしまって戻らない」と。
どうやったら座布団を薦めて、彼らの最近の生活を語ることができるだろうか。
翩翩飛鳥、息我庭柯。斂翮閒止、好声相和。豈無他人、念子寔多。願言不獲、抱恨如何。
翩翩(へんぺん)たる飛鳥、我が庭の柯に息う。翮(かく)を斂(おさ)めて閒止し、好声に相和せり。あに、他人無からんや、子を念(おも)うこと寔(まこと)に多(はなはだ)し。ここに願うも獲ず、抱恨するも如何せん。
ひらひらと飛ぶ鳥が、わしの家の庭の木の枝に休んでいる。翮(つばさ)をたたんでしばらくとどまり、よき声で鳴くと、もう一羽がこれに応えた。
他にも友人がいないわけではないのだが、おまえさんのことが思われてならぬのだ。だが、会いたいと願っても遂げられず、恨めしい気持ちになるがどうしようもない。
これでおしまい。とうとう怨んできました。
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南朝宋・陶淵明「停雲并序」(停雲ならびに序)。古代歌謡の「詩経」のスタイルと語彙を使っているので全体に古風な詩になっています。陶淵明は六朝の今風の詩にはしたくなかったのでしょう。
陶淵明は怨んでおりますが、わたしは今日会社時代の友人と会ってきましたので、怨みはないが、美味いメシたくさん食ったんで眠いです。昨日は阿部監督事件をネットで追いかけて夜更かししてしまったし。ジャイファソではないですがなにしろ2000安打400ホームランの捕手、という奇跡的な存在です。愛着と評価からみても、このまま球界から放り出したらいかんやろ。
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