別宇幽館(別宇の幽館なり)(「真誥」)
この中に何かの真実が隠されているのではないか。宇宙人が実在してて連絡を取っていた、とか・・・。

うっきっき。おれはお前さんたちニンゲンよりは知恵があるので、変な空想世界に嵌ることはないでモンキ。
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南朝の梁のころのことです。
・・・(憑依した)。
―――おお、陶弘景よ。
大茅山之西南有四平山、俗中所謂方山者也。
大茅山の西南に四平山有り、俗中いわゆる方山なるものなり。
江蘇の聖地・茅山山地の最高峰・大茅山の南西方向に四方の平たい山(立方体みたいな形なのでしょう)がある。世間一般では「方山」(四角山)と呼ばれている、あの山であるぞ。
其下有洞室、名曰方台、洞有両口、見於山外也。与華陽通、号為別宇幽館矣。
その下に洞室有りて、名づけて「方台」と曰い、洞に両口有り、山外に見ゆ。華陽と通じ、号して別宇の幽館と為す。
その山の地下はうつろになっており、大きな空間がある。そこは「四角台地」と呼ばれ、そこに入る入口は二か所、山の外からも見える。そのうちの一つはおまえの棲む華陽山につながっており、神仙世界では「別空間の見えない御殿」と呼ばれているんじゃ。
得道者処焉。
得道者、ここに処る。
道を得たえらい方々がここに住んでおられるのじゃ。
もちろん、あちこちに洞天や福地はある(もう少し時代が下ると、三十六洞天・七十二福地がさだめられます。日本百〇〇みたいなものです)ので、ここだけに住んでいるわけではないはずです。
「どのような方々がおられるのですか」
「さよう、わしに見えるところでは・・・」
霊媒のかたは目をぎろぎろさせて四方を眺め、
張祖常、劉平阿、呂子華、蔡天生、龍伯高
の五人の名を挙げられた。このうち、
張祖常者、彭城人也。呉時従北来、得入此室。
張祖常なる者は、彭城の人なり。呉の時北より来たり、この室に入るを得たり。
張祖常というものは、江蘇・徐州の彭城の人である。300年ぐらい前の呉の時代に北の方からやってきて、この地下宮殿に入ることができたのである。
祖常託形堕車而死、故隠身幽館、而修守一之業。師事上党鮑察者。
祖常は形を堕車に託して死に、故に幽館に隠身して、守一の業を修む。上党の鮑察なる者に師事せり。
祖常は、肉体は車から墜ちて死んだことにして、俗世間を離れてこの隠れ宮殿に来て、一なる真理を守る修行を続けている。上党の鮑察という者が、彼の師匠である。
まだ生きているんです。仙人になれているわけではないらしい。なお、この人たちは「尸解」という方法、死んだと見せかけてこの世から離れる、ということをして、ここに来ています。普通は「尸解」は死んで屍を遺すのですが、後で棺を開いたら、それは杖だったとか着物だけだったとかという手法なのですが、この人の尸解は他と違って、車から落ちて死ぬ姿をひとびとに見せる、という手法だったようです。すごいですね。(・・・あまりマジメに考えてはいけませんよ。)なお、上党の鮑察という人については、未見。
他の四人についても伝があるのですが、今日のところは省略。
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梁・陶弘景「真誥」巻十四より。すごいですね。なんでこんなことがわかって、しかも断言できるのだろうか。陶弘景は茅山山系の華陽山に棲んでいたが、梁の武帝の信頼篤く、ことごとに使者を立てて政治的判断の意見を徴したので、華陽隠居とか山中宰相ともよばれた。道教という宗教(世界観?)が確立していく過程で実質的な教祖ともいうべき大きな役割を果たした人です。しかしその彼にしても、こんな地中の秘密がわかっていたわけではない。「真誥」(ほんとうのコトバ)という本は、彼が何人かの信頼できる(かどうかは今となってはわかりませんが)霊媒に憑依した神仙から聴き取った神仙界や宇宙の秘密に関する話をまとめたもので、多くの神仙や仙人のいる場所や、むかしの人が収容されている煉獄みたいなところや、いろんな幻想的なお話が次々に出てきます。五~六世紀の人たちはこんな幻想世界に住んでいたのか!
・・・と、実は内容にはあまり驚くことはなくて、我々の空想世界や別の文明(例えばダンテ「神曲」)と世界観があんまり変わっていないようにも見えてそちらに驚きます。引きこもりを解決する方法か何かがこんなところにないかなあ、と思ったりするのですが・・・。
世界の秘密をもっと教えて欲しい、とみなさんも思うでしょうが、今日はここまで。みなさんも明日も仕事でしょうからな。今夜は阿部ちゃん事件も確認しないといけないし。
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