5月24日 賢人とはどんな人なのだろう

此賢人也(これ賢人なり)(「後漢書」)

賢人になるためには、賢人とはどういう人なのかを勉強しなければなりません。

「賢人」? 弱い時の阪神ファンが少し近かったかも。現在の讀賣ファンが賢人でガオー。特別講義が学生に好評だ、というのは賢人に少しは近づいている?

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後漢の戴封は済北(山東・河北)の剛州の人である。若くして洛陽の太学に学んだ。

同学石敬平温病卒、封養視殯斂、以所齎糧市小棺、送喪到家。

家更斂、見敬平行時書物皆在棺中、乃大異之。

封、後遇賊、財物悉被略奪、唯余縑七匹、賊不知処。

「縑」(けん)は絹の一種で、目が細かく固めに織られたもの(「かたおり絹」→「かとりきぬ」)です。衣服や調度品ではなく、書画を書く、高級筆記用紙として使われます。彼もこれを「紙」として持っていたのかも知れません。
「匹」(ひき)はもともと「ウマのお尻の象形」で、「ウマ」の数を数える数詞です。そういわれればそう見えてきますよね。
古代から、「絹」の分量を量るのに、一頭(匹)のウマを覆う分量だとか、ウマの占める場所だかをいうとして、「匹」という数詞が使われてきました。絹の分量としては、「一匹」=「二反」=「四丈」で後漢代の一丈は約2.3メートル、なので一匹≒9メートル強、になります。

封乃追以与之、曰知諸君乏、故送相遺。

賊驚曰、此賢人也。

尽還其器物。

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「後漢書」巻八十一「独行列伝」より。「独行」はほかの人がしそうにもないこと、特に道徳的に純粋な行動、をする人のことです。

むかしの考えでは。こういうのが「賢人」なんです。盗人に追い銭、という行動形式であり、①更に損をするということで経済的にオロカである、②盗人のような反社会的存在にもっと儲けさせるのは反社会的である、の2点からオロカな行為と言わねばなりません。むかしはこんなひとが賢人だったのですから、人間が如何に進歩し、文明的になってきたかわかろうというものですね。ああ現代の我々は賢いなあ。
ちなみに、江戸時代に「盗人に追い銭」というコトバを作った人たち(俳諧師だそうですが)の教養からみて、この話を典拠として思い浮かべていたに違いないと思います。

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