晴潭吹落花(晴潭に落花を吹く)(村上仏山)
澄んでなくてもいいです。ぬるい水の中でどんよりしているのが最高。

ごはん美味い。しかし去年のコメ騒動以来、無くても耐えられるように鍛えて、パンやうどんでも暮らして行けるようにしています。新聞読んでません。
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幕末明治のころのことですが、
不化為龍何足嗟、江湖竟畢是吾家。
化して龍たらざるも何ぞ嗟するに足らん、
江湖、竟畢(つい)にこれ吾が家なり。
滝登りして龍に変化する―――ことができなかったからといって、どうして嘆くことがあろうか。
(天空に昇らなくても)川や湖が結局のところ、おれの家なのだ。
「竟畢」とは見慣れないコトバですが、おそらく「畢竟」(ひっきょう。「結局のところ」「最後には」)を平仄に合わせてひっくり返しただけだと思います。
駆雷行雨徒辛苦、寧若晴潭吹落花。
電(いまずま)を駆り雨を行(や)るはいたずらに辛苦、
寧(なん)ぞ晴潭に落花を吹くに如かんや。
(龍になって)カミナリを操り雨を降らせるなんて、ムダにつらいことではありませんか。
それよりこの澄んだ川の深みで、水面に浮かぶ落花をぷうと吹いている方がずっといいではありませんか。
カミナリを操るのは司法官で、雨を降らせるのは民を救恤する牧民官だ、といった細かいことは気にしてはいけません。
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本朝・村上仏山「鯉魚図」(「明治大正名詩選」上所収)。競争力ある人が駆け登って行った後の、穏やかな水面はたいへんよろしい。落花がごはんだったら食べていけるし。中国の経済界は厳しいようです。
村上仏山、名は剛、字・大有、通称・喜左衛門は豊前の人。福岡の亀井昭陽に学び、京都に出て詩名を挙げるが、後、幕末の混乱を嫌って郷里に帰り、私塾を開いて民間に教授す。明治十二年(1879)没、七十歳であった。
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