雲子為何物(雲子は何物と為す)(「鶏肋編」)
今日は肝冷庵はどこかに行っています。「お下品ざます」と批判されても本人がいないんだから責任の取りようがありません。うっしっし。

コイのぼりがあるのだから、広い世界にはサメのぼりぐらいあるでしょう。
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唐の詩聖・杜甫の詩に
飯抄雲子白、瓜嚼水晶寒。
という句がある。「抄」は「すくいとる」。そこから「掠め取る」「盗み取る」の意味が出来、さらに「ぬきがき」、さらにさらに「(全部の)書写」の意味にもなりました。
飯を抄(すく)えば雲子白く、瓜を嚼(か)めば水晶寒し。
メシを掬い取ると、まるで「雲子」のように白い。ウリをかじると、まるで水晶のごとく冷ややかだ。
というのですが、さて、この「雲子」とは何であろうか。せっかくだから「うんこ」と読んで以下読み進めてください。
晩唐の義山・李商隠は「河陽(地名)の詩」の中で、
梓沢東来七十里、長溝複塹埋雲子。
梓沢は東来す七十里、長溝は複塹に雲子を埋ずむ。
あずさの生えた湿地は、東の方に七十里(≒42キロメートル)流れて来ている。
長い用水路が複雑な掘割に引かれて、そこには「うんこ」が埋もれている。
と言っています。ここにも「うんこ」があります。ところが、唐から時代を経た現代(宋の時代です)、
世莫識雲子為何物。
世に「雲子」は何物たるかを識る莫し。
世の中に「うんこ」が何ものであるかわからなくなってしまった。
いろいろ調べていたところ、友人の白彦惇から情報があった。
高士新為吉州兵官、任満還都、暑月、見其榻上数嚢、更為枕抱。
高士新、吉州の兵官たりて、任満ちて都に還るに、暑月にして、その榻上に数嚢の、更えて枕と為して抱くを見たり。
高士新(白彦惇のおばさんのだんならしい)が江西の吉州の部隊で武官として勤めていたが、任期を終えて都(臨安)に帰ってくるとき、ちょうど夏の暑い時であったが、(ある旅館の)ベッドの上に、いくつかの袋が置いてあるのを見かけた。これを枕代わりに抱え、しばらくしたら取り替えて、涼をとるのだという。
「へー。袋の中はなんだろうか」
視之、皆砕石。匀大如鳥頭、潔白若玉。云出吉州、土人呼雲子石。
これを視るに、みな砕石なり。匀(ひとし)く大いさ鳥頭の如く、潔白なること玉のごとし。云うに吉州に出、土人「雲子石」と呼ぶ、と。
中を見てみると、すべて砕いた石が入っていた。大きさは鳥の頭ぐらいにそろえられており、真っ白で玉のようである。人に問うと、この吉州の特産品で、地元民たちは「うんこ石」と呼んでいる、とのこと。
一方、周士演が言うには、
雲子、雹也。
雲子は雹なり。
「うんこ」はひょうのことだよ。
と。ただし、
見唐小説、而不記其書名。
唐小説に見るも、その書名を記さず。
「唐代の伝奇小説の中で見たんだ。・・・ただ、その書名を忘れてしまった」
というのである。
さてさて。
義山謂埋於溝塹、則非雹明矣。疑少陵比飯者、是此石也。
義山、溝塹に埋ずむと謂えば、すなわち雹に非ざるは明らかなり。少陵の飯に比するを疑うに、これこの石ならん。
義山(李商隠)は「溝や用水路に埋まっている」と言っているのだから、「ひょう」でないことは明らかである。少陵(杜甫を出身地で呼んだ)が「メシみたいに白い」と言っているのを考えると、これは、この石のことなのであろう。
勉強になった!
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宋・荘綽「鶏肋編」巻上より。「鶏肋」(もう食べるところがないけど捨てきれない)というとおり、あまり意味はないけど気になってしようがない「雲子」の謎解き話でした。・・・え? 普通の人は気にならない? では早く寝てください。
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