5月4日 関東でも30度超だが寒かった

官民並豊(官民並びに豊かなり)(「後漢書」)

今日は気温は高いのに風が強くて寒かった。格差社会のような日でした。みんなシアワセになるにはどうすればいいのでしょうか。

クマゴロウさまは冬眠から覚めて腹が減っておられることと思われます。金太郎のように力でねじ伏せるか、桃太郎のようにダンゴ(カネ、財物)で従わせるしかないであろう。こぶとりじいさんのように踊ってシアワセになっていただく方法もあるかも。

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後漢の第五訪(だいご・ほう)は京兆・長陵のひと、前漢の宰相・第五倫の親戚の子孫だというが、

少孤貧、常傭耕以養兄嫂、有閑暇則以学文。

もとは名家の一族でもあり、たいへん親類を大切にしていると評価され、郡の下級官僚を勤めた後、孝廉(徳のすぐれた人物)に推薦されて四川・新都の令となり、

政平化行、三年之間、隣県帰之、戸口十倍。

高い評価を受けて張掖郡の太守に移ったところ、その年は飢饉であった。人民の間には不穏な動きさえある。どうしたものかと思いながら国都に送る物品の倉庫を覗いたところ、

粟石数千。

当時の一石は今の十分の一、20リットルぐらいなので、三千石としても6万リットル=60立法メートルぐらい。大した量ではありませんが、

訪乃開倉賑給以救其敝。

「うひゃあ、なりませぬぞ」

吏懼譴、争欲上言。

第五訪は言った、

若上須報、是棄民也。太守楽以一身救百姓。

そんな気持ちになるものなのでしょう。

遂出穀賦人。

由是一郡得全。

歳余、官民並豊、界無姦盗。順帝璽書嘉之。

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「後漢書」巻七十六「循吏列伝」より。ああよかった。災害の時は適時の対応で人々の信頼を得なければなりません。

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