4月19日 暑くなると眠りが浅くよく居眠りする

盗亦有道(盗にもまた道有り)(「荘子」)

居眠りしながら考えてみます。盗人にも「道」はあるのであろうか。

寝てて遅刻する。明日はこうなるであろうと予知される。

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孔子をも退けたという春秋時代の伝説的大盗賊・盗跖(とうせき)さまの根城にて、子分(「跖之徒」)が親分の盗跖に訊ねやんした。

盗亦有道乎。

盗跖は答えた、

何適而無有道邪。

そして、言った、

夫妄意室中之蔵、聖也。
入先、勇也。
出後、義也。
知可否、知也。
分均、仁也。

五者不備而能成大盗者、天下未之有也。

というのが盗跖さまの言葉。古来この五者は、「盗跖五徳」と言い習わされています。

以下は、論者の言葉である。

繇是観之、善人不得聖人之道不立、跖不得聖人之道不行。

つまり聖人の道である「聖、勇、義、知、仁」が無ければ、善も悪もできないことが明らかになる。

そこで、考えてみてください。

天下之善人少而不善人多、則聖人之利天下也少而害天下也多。

故曰、唇竭而歯寒、魯酒薄而邯鄲囲、聖人生而大盗起。

いずれも、表面化しているかしていないかは別として、物事には因果関係があるものだ、ということです。結果を避けるためには原因を除かなければならない。つまりは、

掊撃聖人、縦舎盗賊、而天下始治矣。

「掊」(ほう)は「かき集める」「取る」の意ですが、「掊撃」と熟すと「攻撃する」、「縦舎」(しょうしゃ)は「やりたいようにして捨ておく」。

聖人がいなくなれば盗賊もおのずといなくなるので、盗賊に手をつける必要はない。

夫川竭而谷虚、丘夷而淵実。聖人已死則大盗不起、天下平而無故矣。

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「荘子」胠篋篇より。すばらしい「寓言」ですよね。みんな立ち止まって、この「寓言」について考えてくれると、世の中少しは暮らしやすくなるのでは。「盗みの道」のところを「経済学」「政治学」「科学技術」「経営学」などいろいろ書き換えてみたらどうなるか・・・と思っていると、あれ? 普段は耳を貸さない立派な方々がやってきて、なぜだかしきりにメモを取っているぞ。
ああ、他人の物はもちろん、人類の共有財産や地球の資源・環境などを「盗む」ことを生業にしておられる人たちだ。テレビにも出てるぞ。その人たちの「盗跖五徳」を書き写すことの、なんと熱心なことであろうか。
これは「〇〇三徳」みたいなことにはなりませんかね。「はい」は「仁」、「イエス」は「知」(不知かも)、「喜んで」は「勇」です。蛮勇ですね。

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