三山跬歩(三山も跬歩(きほ)なり)(「唐才子伝」)
そんなに近いといいのですが。

ワンワンといつまでもしっぽを振っていると思うんじゃないぜでワン。
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唐の張碧は字を太碧(たいへき)といいます。貞元年間(785~805)に進士の受験資格を得たが、
累不第。
累(かさ)ねて第せず。
何度も不合格になった。
ある時、
便覚三山跬歩、雲漢咫尺。
すなわち三山も跬歩(きほ)にして、雲漢は咫尺(しせき)なりと覚る。
「三山」は東海の海中にあり、仙人たちが住むという三つの島。「跬」(き)は半歩。一歩が右左と歩いた距離で、その半分ですから、右だけ出した距離です。「雲漢」は「くものかわ」、天の川のことです。「咫」(し)は八寸。「尺」が十寸です。唐代は一寸≒3.1センチなので計算してみよう。
突然、蓬莱山など東海にある三つの仙山も半歩で行きつく、天の川までは30センチぐらいしかない、と気づいた。
みなさんたち普通の人ならわからないんですが、この人は気づいた。それからは試験を受けずに、山水を経巡る生活をつづけたという。
実は、彼は、
初、慕李翰林之高属、一杯一詠、必見清風。故其名字、皆亦逼似。
初め、李翰林の高属を慕い、一杯一詠して必ず清風を見(あら)わせり。故にその名字、みなまた逼似す。
もともと翰林供奉だったことのある李白の気高い風情が大好きで、お酒一杯で詩を一篇つくり、必ず清らかな風情を見せた。そこで、彼は名前も字も李白(字は太白)の真似をして、張碧(字は太碧)にしたのである。
天才卓絶、気韻不凡、委興山水投閑吟酌、言多野意、倶状難摹之景焉。
天才卓絶し、気韻凡ならず、興を山水に委ねて閑に投じて吟酌し、言に野意多く、摹し難きの景を倶状せり。
天才的でずば抜け、雰囲気も平凡ではなく、思ったことを山と川にゆだね、心のどかに歌ったり飲んだりし、言葉には野性を感じさせるものが多くて、描き出しずらい情景を文章にすることができた。
という才能のある人でした。詩集二巻があったというが、現在には伝わらない。
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元・辛文房「唐才子伝」より。とはいえ三山が半歩、天の川が三十センチになったのですから詩集が伝わらないことなど、どうでもよかったでしょう。うらやましい。
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