復為流通(また流通を為す)(「至正直記」)
夏と秋と行きかふ空の通ひ路はかたへ涼しき風や吹くらむ(古今・躬恒)
と申します。夏から秋へと季節も流れ、すっきりしてまいりました。もう暑くなることはないでしょう。

カネも天下のまわり者、流通させずに何処かに滞らせると怒り出してカネの亡者とかを生み出すでカーネ。
ときどき動き回ってカネを撒いて歩くといいでカーネ。
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元の時代のことですが、浙江・四明の町の郊外に「雁穵墟」(がんあつきょ)という地名がある。「墟」は「丘」です。もともと「虚」に「丘」の意味があったのですが、「虚」が「むなしい」の意に使われるようになったので、「墟」の字を作ってもとの「丘」の意味を表わすようになったものです。「虚」と「墟」のような関係にある二つの字を「古今字」前の字と今の字、といいます。
雁穵墟の東には柂柄墟(いへいきょ)という丘があった。こちらの丘は、
墟形如舟舵。
墟の形、舟の舵のごとし。
丘の形は、舟のカジに似ていた。
というので、どうぞ想像してみてください。二つの丘は、
相挟一溝、南北水旧流通、後人築土実其南、俾路直連両墟。
一溝を相挟み、南北の水もと流通せるに、後人築土してその南を実たし、路をして両墟を直連せしむ。
一本の小川を挟んでいた。もう一本の小川が北側の丘のさらに北にあって、以前は二本の小川はつながっていたのだが、ある時代に、村びとたちが南の小川に土を入れて埋め、二つの丘をつなぐ道を作った。
在墟之近築処数十家、三載必有一人患隔気、而翻胃死者。
墟の近くに在りて築処する数十家、三載に必ず一人の隔気を患い、而して胃を翻して死する者有り。
丘のあたりには数十の家が建っていたが、三年に必ず一人ぐらい、横隔膜の病にかかり、胃がひっくりかえって死んでいた。
「胃が翻る」のがどんな病気はわかりずらいのですが、胃痙攣のような症状でしょうか。
至正壬辰の年(1352)の秋、
湖墅頑民石姓者作乱、雁穵村民懼其不測、因開土流通。
湖墅(こしょ)の頑民石姓なる者、乱を為し、雁穵村民その不測を懼れ、因りて土を開きて流通す。
湖墅村というところの愚かな人民・石なんとかという者が反乱を起こした。雁穵村でも何かとばっちりがあるのではないかと心配して、埋めてあった川を掘り起こして、水が流れるようにした。
いざというときに丘に立て籠もれるよう、南側の川も流して外濠にしょうとしたのでしょう。
結局、湖墅村からだいぶん離れていることもあって、反乱の影響は無かった。
ところが、
復為流通、自是絶無翻胃者。
また流通を為し、これより翻胃する者、絶して無し。
また水が流れるようになったところ、これ以降、翻胃になる者は一人も無くなったのである。
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元・孔斉「至正直記」巻一より。流れるものは流してやらねばなりませんね。
孔斉は山東・曲阜の孔氏一族の一人ですが、広州の役所に赴任しているときに元末の人民反乱が各地に起こり、郷里に帰れずに浙江に住んで、いろんな記録を残してくれたひとです。
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